卸売市場流通についての諸問題

市場流通ジャーナリスト浅沼進の記事です

滋賀県大津市場は公設公営維持−新市長が方針転換、大和ハウスとの民営化協議打ち切り

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公設公営維持が決まった大津市公設地方卸売市場、大津市ホームページより

大津市公設地方卸売市場(大津市瀬田大江町)の公設公営が維持されることになった。

大津市議会は2020年6月8日、公設公営に向けた補正予算案と公設市場としての条例改正案を提出し即日可決された。
5年近くにわたって進められてきた大津市場民営化は、今年1月の選挙で民営化を進めてきた越直美市長に対立する佐藤健司氏が新市長となったことで状況は一変し、昨年12月から進められてきた優先交渉権者である大和ハウス工業グループとの交渉も5月に打ち切った。

大津市場のケースは市場運営の健全化を巡って、当事者である市場関係業者の頭越しに進められてきた行政の政策失敗ともいえるものだが、問題はこれからで、改正市場法に基づく市場取引の活性化をはじめ、市場会計の健全化や市場運営の効率化などの課題に向けた新たなスタートとなる。

大津市場の概況・特徴

大津市場は昭和63年に開設、この当時は昭和46年に制定された卸売市場法と都道府県整備計画に基づき公設卸売市場の開設が全国的に相次いでいた時期であった。
滋賀県もこうした状況下で、商圏人口87万人を対象に県庁所在地である大津市に開設した。
年間取扱高は、青果57億円、水産39億円。ピーク時は青果85億円、水産75億円から大きく減少しており、関連店舗も店舗数41に対し空き店舗は19店舗と半分近くが空き小間となっている。
近年は毎年3千万円が一般会計からの市場会計繰入となっていた。
卸は「滋賀びわ湖青果(株)」と「(株)うおいち滋賀」の2社。青果は「京果 京都青果合同(株)」の100%子会社であり、水産は「(株)うおいち」の支社である。
また仲卸は青果7社、水産12社。関連は22社。買参人は17社(総合5、青果8、水産4)である。

京都と大阪の卸が入場しているように、大津市場は商圏人口87万人だが実際の商圏は京都と大阪の衛星都市として機能している。
そうした点では埼玉県が733万人、千葉県が627万人と全国有数の巨大県だが経済的には流通も含めて東京の衛星都市化している状況と似ている。

大津市場と政治の関わり方−民営化はなぜ躓いたか

卸売市場は大正12年の中央卸売市場法以来、行政関与の強弱はあったとしても国及び地方自治体の政策として整備されてきたシステムであり、政治の動きが敏感に反映する業態でもある。
立憲民主、国民民主両党の支援を受けた越直美市長が市財政の立て直しに向けて卸売市場を含む公設施設の効率化に向けて民営化の方針を出した。このこと自体は国の方針でもあるのだが、卸売市場の場合は図書館や公会堂、公立病院と違い「行政施設で、行政の管理監督のもとで、民間事業者が経営する」という極めて特殊な形態である。

公設市場の民営化については次節でいくつかのケースを紹介するが、そうした市場と比較した最も大きな違いは市場業者の関与が全くなかった点である。「寝耳に水」の市場業界が一斉に反発したが、そのままで民間企業の開設者を公募、反応する企業は複数あったが、いずれも経営採算が取れる見込みがないと判断し辞退、唯一受けた大和ハウス工業グループの「「D−Market大津市場プロジェクト」が優先交渉権者となった。

「優先交渉権利」と言われても、他に応募者がないのだから大和ハウスも強気でシビアな条件を提示せざるを得ず、その結果が「市場用地7万1千㎡の賃料が1年12円、建物・備品の譲渡価格1円、事業期間50年」の条件であった。
この背景には大津市の足元を見るというよりは、市場業界がこぞって反対する中で市場経営するならば、業界の意見を聞き協力を得なければ日常的な運営がスムーズにいくわけがないという事情があった。

公設市場民営化の方策

公設市場を民営化したケースは、この5年間で20市場近くに上る。一つ一つ紹介する余裕はないので、タイプ別に見ると民営化の方法は次の3通りである。

1.市場用地・施設を全て民間に売却

新潟長岡公設青果地方市場1市場のみである。

公設市場から民営市場となった第一号市場で、平成14年4月民営化された。卸である長岡中央青果に、敷地面積2万3千平方米、半分強の建物と周辺施設を売却、残りの土地・建物は無償貸与という形で半分の売却が終わった後で取得するよう卸の権利取得を助成している。

行政が市場運営に関与する時代ではないという立場で民営化した珍しいケースで、市場会計は黒字であり卸も財力があったために実現した。

2.用地・施設は公有のまま民営化

このケースが最も多い。伊勢崎、館林、藤沢などがある。このケースは、財政危機の地方自治体が市場会計負担の軽減の一つとして民営化を最も容易に実現する方法として多くが採用されている。しかし実際には、行政負担の軽減にほとんどなっていないケースが多い。

施設が老朽化していて土地・建物を民間が例え1円で譲渡されたとしても固定資産税や補修費等のコスト負担が大きくメリットがないこと、市場業界の資力の不十分であること等から行政と民間開設会社との間で「適正価格」での取引が困難だからである。

結局、土地・施設は無償賃貸(賃借料も固定資産税も不要)がほとんどで、行政にとっては何のメリットもなく、職員の人件費負担がなくなったとはいえ、そのメリットをはるかに上回る財政負担を一時的ではなく続けざるを得なくなっている。まず「民営化」が先にあるために取られた方策である。

3.市場規模を縮小し民営化

別府公設地方卸売市場が、このほど市場用地の7割以上を余剰地として活用する民営化が提言され話題となっているが、これは極端なケースで、群馬県桐生公設市場が市場用地の一部を売却して再整備費用に充て、その後、指定管理を経て民営化している。

民営化ではないが、京都市中央卸売市場が立体化し「余剰地」を生み出すことでその売却費を再整備に充てている。

 

民営化されたほとんどの市場の「開設会社」には、何らかの形で市場業界が関与している。
中には群馬県伊勢崎市場のように数億円をかけて施設整備した上で土地・建物を15年間無償賃貸するという、ほとんど丸投げ状態で公設から民営化したケースがある。
市場業界は使用料が不要だが、施設の補修管理費は全て自己負担なのに行政の施設であることは変わらないので施設の機能強化・新設は自由にできず資産計上もできない。結局、15年間の契約終了時にも解決せず、新たに3年延長しただけ、行政と業界ともにデメリットが多いという状態に陥っている。

大津市場も現在の市場会計の赤字を、行政が手を引くという形かあるいは従来の公設のままで解消することは共に難しいだろうと思う。

大津市場の今後

大津市場の場合は、土地は実質無償賃貸、建物は無償譲渡による民営化が検討されたのだが、これがうまくいかなかったのは民営化の手法が誤っていたのではなく、市場活性化のあり方が全く検証されなかったからである。

図書館や公会堂、公立病院のように経営体(行政)の相手方である「受益者」が一般市民である場合は経営体を民営化することで効率経営が期待できるのだが、卸売市場は公共施設の中で少なくとも数百社の民間企業が取引する場であり、しかもその民間企業の営業には「公共性」が求められ「自由な利益追及」が規制されている。

公設市場は純粋な営利企業ではなく「公共性と効率性(営利性)」の相反する機能を持っており、その役割を市場業者と対立する形で市場外企業に「丸投げ」してうまくいくわけがない。

公共施設の民営化は国の方針であり自公や維新が進めている政策なのだが、大津市場は民主党などが中心で民営化を進め、自民党が反対するという図式になった。改正市場法の施行もスタートした今、大津市場は公設公営が維持されたということはゴールではない。当然、市場会計の健全化に向けた「市場取引・市場運営」の効率化が求められるだろう。

そのためには「民営化のためではない民間活力の導入」指定管理者やPFI、PPPなどの課題が検討されていくことになるだろう。