(農林リサーチ2022年6月号より転載)
当誌5月号で「公設市場の民営化」をテーマに、「行政が完全に撤退する民営化」と「行政が一定関与する民営化」について検証した。
コロナ禍で過ぎた3年の間、多くの変化が起きた。その変化を通した市場流通の新たな課題の一つが「効率性と公共性の両立」をいかに図るかである。
1.3年間の変化
① 改正市場法による取引の自由度が高まった
第一の変化は、2020年に施行された改正卸売市場法によって市場業者の取引規制が緩和されたことである。
受託拒否の禁止や差別的取り扱いの禁止、取引の公正・効率及び公開を義務つけた他、第三者販売、直荷、商物分離、自己買受等は各市場が定めるという緩和をおこなっている。
② 市場に来て買ってもらう取引からネットで商談、届ける取引が拡大
第二の変化はコロナによって市場に行って買うことよりも、市場業者と電話・ファックス・ネットによって商談し届ける取引、通販などのEコマースやITによる物流など「フィジカルインターネット」が新たな課題となって浮上したことである。
③ コロナ禍で市場の存在価値が高まった
コロナ禍の3年は、この他にも世界的な物流停滞、種苗法、水産流通適正化法による農業・漁業資源の管理問題、さらには災害対応などが卸売市場流通の課題として浮上、インフラとしての基盤整備が急務となった。
食料安全保障のための国内産業基盤として全国1千か所以上の卸売市場ネットワークが見直され、結果的に卸売市場の果たす役割が・存在価値が高まってきたのである。
2.効率性と公共性
これまで卸売市場は長く低迷が続き、行政が地方公営事業として公設市場を運営する意義が薄くなったとして民営化の流れが進められた。
しかし、コロナ禍の3年によって卸売市場の社会的な経済・生産インフラ機能が見直されることになったのである。
このことによって現在、再整備の課題に直面している多くの公設市場は、効率性(機能強化)と公共性(インフラ機能)の両面を追求しなければならなくなった。
改正市場法に基づく市場施設整備と管理運営は、これまでPFI(民間活力導入)と指定管理者を軸に検討されるようになり、これまでの行政関与をなくす「公設市場の民営化」から「行政が一定関与する民営化」が課題となったのである。
3.民営化の手法
改正市場法によって、公設市場と民営市場の垣根が緩和されたことで「公設公営市場」と「民設民営市場」が接近、これまでの「公設公営の否定という側面からの民営化」から「公設市場のままの民営化」など民営化の手法が多様化しつつある。
そうした接近の背景には次の三つの要因がある。
イ 理念上の接近
行政関与は必要最小限に
公設市場開設者も経営的視点が必要
ロ 中央市場と地方市場の機能上の接近
卸と仲卸、実質上の垣根撤廃
商物分離等、取引の規制緩和による差益業者への途
ハ 公設市場と民営市場との運営上の接近
全国一律から開設自治体の判断
指定管理者による施設管理・運営
この中で、今、行政にとって最も重要な課題は公設市場の開設者機能の民営化をどのように図るかである。
民営化の手法としては次の方式が主要である。
① 市場用地、施設を全面的に民間に移譲する方式
成功事例としては公設市場から民営化第一号となった長岡地方市場や釧路地方市場、公設市場から移転し独自に民営市場を開設した石巻地方市場がある。
② 土地、施設は公有のまま、無償あるいは有償による賃貸借契約によって市場業界に開設権を移譲し民営化する方式
無償方式は伊勢崎地方市場、桐生地方市場等で導入されたが、公共資産を無償のまま使用することは無理があり、行政、業界ともにプラスとはならなかった。
有償方式は先月号で紹介したように、栃木県南地方市場が開設会社として健全経営を維持しており、無償よりも有償が市場活性化にはプラスとなっている。
③ 公設市場のまま、用地の一部、あるいは全部に定期借地権を設定しPFIによる民間活力導入を図る公・民共存型
現在の主流となっている方式である。
奈良中央市場や富山公設地方市場で導入される方式で、まだ結果は検証されていない。「中央市場」を廃止し、本場の補完機能とした横浜南部市場はこの変型である。
④ 厳密には「民営化」ではなく「民間活力導入」であるが、指定管理者を導入し、施設拡充や施設使用契約など開設者権限の多くを指定管理者に委ねる。
市場業者が組織した指定管理者が多く、経営的視点が弱く施設管理の業務にとどまる市場が多い。
中央市場として唯一、指定管理者制度を導入している大阪府中央市場の指定管理企業「大阪府中央卸売市場管理センター株式会社」は2012年度(H24)からスタートし2021年度(R3)まで10年間、健全経営を維持している。R4年度には指定管理者評価委員会から高い評価を受けR8年度までの5年間を契約更新するなど順調な市場経営をおこなっている。
公設地方市場の指定管理者を含めても大阪府中央市場ほどの実績をあげている市場はなく、公設市場の民間活力導入としては、余剰地の設定などによる官と民の共存方式より実効性が高いのではないかと思われるが、公設市場開設者の民営化は今後もさらに検証が必要になるだろう。
4.公設市場開設者の民営化〜PFI・指定管理者
経営権限と責務を求められることになった公設市場の開設自治体には、市場経営体としての経営能力、経営ノウハウの蓄積が弱い。
行政関与をなるべく少なくするために、最も容易に実現できる民営化は施設の建設・管理・補修である。
この部分は、行政管理といっても実際は外部業者に委託しているだけであり行政の手から民間に委託先を変えればいい。それがイギリスから伝わった民間資金を導入して公共施設を建設するというPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)である。
国もPFI方式を推奨したが、屋上屋になる可能性があるうえに検証期間が数十年ないと評価が確定しない等の問題があり卸売市場の分野にはあまり広がらなかった。
そこで市場の施設全部の管理だけでなく日常的な運営まで民間に委託できるという指定管理者が地方自治法の改正によって導入されることになった。
高度成長期にいわゆる「箱モノ」と言われる公共施設が数多く建設されたが自治体財政の悪化でランニングコストの軽減に頭を痛めることになった。
その解決策としての指定管理者制度であるが、PFIも弾力化されている。
契約期間が3年〜5年と限られておりSDGsの観点からは企業としての継続性・安定性の懸念があるが、ポストコロナの市場整備・管理・運営方式としての指定管理者制度は、今後、さらに検証されていくべきではないだろうか。