卸売市場流通についての諸問題

市場流通ジャーナリスト浅沼進の記事です

進化する「公設民営型」卸売市場(上)‐公共性と効率性の共存

(全水卸7月号掲載記事を上下に分けて転載する)

改正市場法時代となって2年、卸売市場流通はPFIの推進による効率性優先から「効率性と公共性の共存」が卸売市場の維持・活性化(SDGs)の必須要件となりつつある。
3年に及ぶコロナ禍によって、①気候変動による資源確保、②非接触・非対面販売によるEコマースの進展、③世界的な物流停滞によるグローバル経済の限界、等の大きな変化が起きた。
これらの社会的環境変化によって、生鮮資源保護、食料自給率の向上、防災機能の拠点、輸入から輸出へのシフト等、卸売市場の社会的役割・意義は改めて注目されている。
改正卸売市場法による規制緩和・効率性とコロナ禍による公共性の共存を目指す卸売市場流通を検証する。

Ⅰ. 「公設市場の民営化」から「公設民営型市場」に

コロナ禍で高まる卸売市場流通の社会的役割

効率性が長い市場流通低迷期を脱するキーワードとなったのは、平成11年の「卸売市場法及び食品流通構造改善促進法の一部改正」である。この改正によって市場取引は「公正・公平・公開」の原則から「公正・公開・効率」が原則となった。
この考え方が改正卸売市場法につながり、取引だけでなく市場開設・運営における規制緩和となったのである。
しかし、令和2年(2020)6月からの改正卸売市場法施行に向け取り組んでいた令和2年1月に新型コロナウイルスが発生した。

デジタル化の進展とSDGs機能を担う市場の公共性

新型コロナウイルスは市場流通に大きな変化をもたらした。
3年間の変化の第一は、水産流通の一丁目一番地である水産資源の減少が明白となったことである。漁業法改正や水産流通適正化法による水産資源の適正管理が大きな課題となっている。

第二は、コロナ禍における非接触・非対面販売のツールとしてのデジタル化と24年問題と呼ばれる物流が喫緊の課題となった。いわゆるフィジカルインターネットの課題である。

そして第三は、世界的な物流の停滞、自然災害に対応する国内産業基盤の確立と食料自給率の向上が重要な課題となったことである。

以前には想定されていなかった国際的な物流の停滞による生活資材や人材の確保等の産業基盤の脆弱さが露呈したことで国内ロジスティクスの整備、地震・水害等の防災、第一次産業の振興・育成による食料自給率の向上等々の国内産業基盤の構築が国の重要政策として打ち出されることになった。

これによって公設卸売市場の役割も「民間活力導入による効率性」だけでなく「効率性と公共性の共存による社会的インフラとしての市場健全経営」という新しいステージの構築が求められることになったのである。

天然痘、ペストなど100年単位の間隔で起きていた新型ウイルスは、20〜21世紀に入り数十年から数年おきに、次々と短期間で発生するようになった。コロナ禍が終息しても新型ウイルスは続くだろう。3年に及ぶコロナ禍の中で卸売市場もまた新たな課題に直面することになったのである。

市場流通の歴史は公共性と効率性のバランスの歴史

市場流通の歴史は、つねに行政の公共性と民間による効率性とのバランスの歴史でもあった。
一定の行政権力の関与の下で、生鮮食料品の取引は民間の取引(民営市場)に委ねられていたが、大正12年の中央卸売市場法によって、国の関与による「卸売市場の公共性」が決定的に強まった。
その卸売市場の公共性は戦中の統制経済時代まで続いた。

戦後の混乱期を経て制定された昭和46年の卸売市場法は、全国に数千ある民営市場を公設、準公設(第3セクター)を柱として再編する国の方針である。
一見、中央市場法の考え方を継承した公共性優位の考え方に見えるが、実態としての法目的は、スーパー・量販店の幕開けとなった戦後高度経済成長に合わせた都市経済発展に対応するための行政による効率性の追求でもあった。
つまり「公共性から効率性」への流れは、昭和46年の卸売市場法制定とともに始まったのだが、それは同時に行政による公共性と効率性のバランスを目指した取り組みのスタートでもあったのである。

行政による公共性と効率性の追求は、91の中央市場となった昭和61年をピークに地方公営企業法に基づく市場の経営健全化、効率性が主要な課題となり、PFIや指定管理者など民間活力の導入による取り組みが広がったのである。

取引の効率化から市場開設運営の効率化へ

効率性と公共性の相反する二つの課題を追う行政の取り組みが限界となったことで、民営市場に対しては取引の規制緩和を進め、公設市場に対しては民間活力の導入を進めた。
しかし当初は、PFIは「民間資金を活用する」ための行政ツールであったために広がらず、指定管理者もまた行政権限のうち、市場施設の管理運営に限られていた。
結果的には公設市場の開設権を有償・無償で民間に移譲する「民営市場化」と指定管理者の導入による開設自治体の人件費削減にとどまり、いずれも「市場活性化」の視点からは成功とはならなかった。

確かに人件費の削減は市場経営上のプラスではあるが、それはあくまで市場経営の10の赤字を9か8にするだけであって赤字体質を変える活性化のツールにはなり得ない。
また中央市場においてもPFIは市場用地を縮小した余剰地を民間に定借権設定等で移譲し、市場施設の建設管理運営も委ねるという方式によって大手民間デベロッパーの参入を促進する「市場機能の縮小による民営化」が主流となってきた。
これもまた公設市場の経営改善ではあるが公営企業として求められている市場事業の活性化には直結しない。いずれも「市場流通(公共性)の縮小による効率性の実現」である。

これに対し、コロナ禍と地震等の災害は卸売市場が「SDGs」として生き残る大きな課題が公共性であることを明らかにした。
すでに多くの公設市場は、防災拠点機能を重要な市場機能の一つと位置付けているが、民間の流通施設においてもこうした機能が整備されてきている。PPP(パブリック・パーソナル・パートナーシップ)は、公設市場だけでなく民営市場にも生き残るための「SDGs」ツールとして公共性が求められるようになったのである。

(下)に続く

京都嵐山の竹林