卸売市場流通についての諸問題

市場流通ジャーナリスト浅沼進の記事です

公設民営化から民設公営化の動き‐公設と民営の接近

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(農林リサーチ2021年9月号より一部転載)

改正卸売市場法の下で特徴的な動きがもう一点、公設市場におけるPFI(民間活力導入)による公設と民営の接近である。

改正卸売市場法以前にも、公設市場の民営化は進められていた。
その「公設市場の民営化」とは文字通り、行政が市場運営に責任を持つ「公設公営」を廃止し、公設市場から民営市場とする取り組みであった。
しかし、改正卸売市場法の下での「公設市場の民営化」は、公設市場のままの民営化であり、その民営化とは、公設市場の運営を市場業界に委ねる「公設民営化」ではなく、市場外の大手ディベロッパー(開発業者)に市場整備・運営を委ねる「民設公営化」である。

そして、そのツールとなったのがPFIである。

民営化とPFI・民間活力導入は別である

改正卸売市場法は従来の卸売場面積などの要件を緩和し、代わって機能重視の施設整備を国の補助要件とした。この機能重視の施設整備と開設自治体の財政負担軽減のキーワードとなったのがPFIである。

PFIとは、その名称「パーソナル・ファイナンス・イニシアティブ」が示すように公共資産の整備運営に対する民間ノウハウの導入である。その意味ではPPP(パブリック・パーソナル・パートナーシップ)ではあるが、あくまで公共資産が前提であり「民営化」ではない。

そうした意味で卸売市場における民間活力導入はあくまで公設が前提であり、PFIはあくまで公共施設の機能強化である。しかし、PFI導入は全ての公共施設で検討することが原則となったにも関わらず、全国で200以上ある公設市場には殆ど導入されていない。

PFIはなぜ卸売市場に馴染まないのか

なぜPFIは卸売市場への導入が進まなかったのか。

図書館や公会堂など、直接住民が受益者となる公共施設と違い、卸売市場は公共施設の中で民間企業が営業する民・民の取引の場であり、住民は直接的な受益者ではない。これが卸売市場に対するPFI導入を困難にしている要因なのだが、今はこれ以上詳しく触れない。

PFIはなぜ卸売市場に馴染まないのかよりも、どうすれば卸売市場流通にPFIを導入できるかの課題が主要な問題なのである。

ディベロッパーにメリットのあるPFIとは?

どうすれば卸売市場流通にPFIを導入できるか、その解決のためのキーワードが「ディベロッパーにメリットのあるPFI」である。

もともと PFIはイギリスでサッチャーが始めた市場主義経済のツールなのだが投資コストの回収に数十年間かかるなど、行政のメリットに対しPFI業者のメリットが小さすぎるのである。

また、公民館やプールだと民間の経営ノウハウを活かした事業が可能なのだが、公設卸売市場は「民・民の取引の場」である。PFI事業者が自由な経済行為を行うことは難しい。例えば、市場経営の収入は市場業者の使用料なのだが条例で決められており、民間企業が自由に決めることはできない。

民間にメリットのあるPFI①〜定期借地権

それでは民間にメリットがあるPFIとは何があるのだろうか。

PFI導入が進まない卸売市場の施設整備で、行政コストの軽減を図るツールとなった方式が平成4年の借地借家法によって創設された定期借地権である。PFIとは直接関係ないが、市場施設整備における行政負担軽減のために導入された。

それまでどうしていたか。市場施設としてコストが大きい冷蔵庫等は、卸売場や仲卸売場といった主要施設ではない附帯施設である。必要とする市場業者の負担で整備したいが、公共用地の上に民間施設を建設することは認められていなかった。
しかたなく採られた方式は、民間が冷蔵庫を建設し、開設自治体に寄付し使用料は免除とすることである。
そうすると固定資産税がかからず使用料も無く償却できる。右肩上がりの時代にはメリットはあるのだが、企業としての資産勘定に入らないので多くの企業は寄付するための投資は難しくなった。

定期借地権が創設されたことで、市場再整備における保管・物流施設等に多く導入された。
また京都朱雀市場のように卸が建てた施設の一部を行政が借りることで、固定資産税等の業者負担を実質的に一部軽減させるなどの整備方式も生まれたのだが、これらはあくまで市場業者に対する措置であり、市場全体の再整備に対して行政負担の軽減にはなるが、PFI事業者としてのメリットにはならない。

民間にメリットのあるPFI②〜市場機能と賑わい機能の分離

そこで次に出たケースが横浜方式である。

横浜市は本場、南部の二つの中央市場のうち、17万㎡の南部市場を廃止し、12万㎡を市場業者の負担で物流補完施設に、5万㎡を賑わい施設として大型ショッピングセンター開発用地としてディベロッパーに定期借地権を設定した。

この方式は、改正卸売市場法によって規制緩和された商物分離取引の拡大に役立つと同時に、ディベロッパーの責任で関連売り場を含む「賑わいゾーン」を創出するという「市場機能と賑わい機能の分離」という新たなステージを用意することでPFI事業者の参入を容易にする途を拓いたのである。

ただし、市場機能と賑わい機能の分離は既に取り組まれており、市場用地の一部を図面上だけで市場と切り離し、平成15年に飲食店中心の食品小売「ぷらっとみなと市場」とした苫小牧公設地方市場がある他、民営市場では多くのケースがある。

民間にメリットのあるPFI③〜余剰地の設定とリース方式

この「市場機能と賑わい機能の分離」を同一市場内で本格的に導入しようとする方式が公設市場における余剰地の設定と定期借地権である。

昭和50年代から60年代にかけて開設された多くの公設市場は、中央市場、地方市場含めて広大な用地と施設を有し、再整備の課題に直面している。
この再整備に際して、改正卸売市場法は従来の施設面積を認定要件とせず、機能重視の施設整備を補助要件とした。

このため、卸売機能をコンパクト化し、市場用地全体に定期借地権を設定し、ディベロッパーに「余剰地」を提供し大型商業施設等の開発を可能にすることで市場施設の建設にPFI事業者として参入しやすい環境を整えたのである。

つまり「余剰地と定期借地権」は「余った土地」ではなく市場施設の整備に対し「民間(PFI事業者)が参入するメリット」としてのツールなのである。

民間にメリットのあるPFI④〜リース方式

さらに民間にメリットのあるPFI方式として出されたのが余剰地の商業施設だけでなく、市場施設も民間が建設・所有したまま行政にリースする方式である。今年、富山市場で導入が決定した。しかしこのリース方式はPFIに入っていない。
PFIに規定されているリース方式は次の二つである。

  1. BLO(建設・リース・運営) PFI事業者が建設(Build)し、施設は行政が買取りし、PFI事業者にリース(Lease)
  2. BLT(建設・リース・移管) PFI事業者が建設(Build)し、公共側に一定期間 リース(Lease)し、事業コスト を回収した後に行政に所有権移管(Transfer)

富山方式は2.に近いが、「コスト回収後、行政に所有権移管」ではなく33年間の定期借地権設定期間であり「コスト回収」つまり償却期間ではない。

他にも3.BOT(建設・運営・移管)がある。これはPFI事業者が建設(Build)し運営(Operate )投資回収後、行政に所有権移転(Transfer)する方式である。


ある公設市場で50年間の定期借地権とリース方式が民間から提案されているが、これも定期借地権の最長期間である50年間がリース方式による「投資回収期間」となる。

仮に50年後に行政に所有権を移転することがBOT方式として国の支援対象となるのであればPFI事業者は、50年間の土地利用、民間施設への国の財政支援、リースによるコスト回収が保証され、償却を終えた老朽施設を原状回復(解体)することなく行政に寄付すれば良いということになる。

まさに「民間にメリットのあるPFI」なのだが、初期投資負担はないが50年のローン利息を乗せたリース料を払った上で処理の責任を持つ行政と、施設の運営を担うPFI事業者が設定する民間ベース(ディベロッパーが採算のとれる基準)が使用料など市場運営上のコストとなる市場業者のメリットはどこにあるのか、十分な検討が必要となるだろう。

施設整備は行政と市場業者、それとPFI事業者の3者が、ともにメリットがなければうまくいかないのではないだろうか。何より公設市場は重要な公共インフラであり行政のお荷物ではない。
税の負担軽減、市民の負担軽減と市民サービスの向上を図ることができるPFI方式が必要である。