卸売市場流通についての諸問題

市場流通ジャーナリスト浅沼進の記事です

地方市場卸の活性化‐熊本大同青果に学ぶアメーバー経営

(全青協24年3月号より転載)

2022年の改正市場法を追い風にした卸売会社の典型的な成功事例が熊本大同青果とR&Cながの青果(以下:R&C)だろう。 経営手法は全く違う。R&Cは、長野を拠点に各地にグループ市場を展開する規模の拡大を図ってきた。 熊本大同青果は、熊本市内田崎町にある民設民営市場を拠点に市場周辺にいろいろな機能を持つ施設を拡大することで売上を拡大している。 この推進力となったのが「アメーバ経営」である。稲盛和夫氏の「盛和塾」で提唱された経営の考え方だが、月田求仁敬 熊本大同青果会長(全青協会長)は、このアメーバ方式の経営実践によって10年前の200億円から400億円を突破したのである。 どのような経営なのか、熊本を訪ね月田会長の話を聞いた。

10年前の売上は半分以下だった

― 月田会長は全青協の会合でも常々、改正市場法は地方市場にとって不利ではない。柔軟な経営努力を発揮すれば地方市場の優位性は維持できると言われてきました。 そして、改正卸売市場法、コロナ禍の中で、その言葉を実践・実現させてきたことで市場業界から大きな注目を集めています。

月田= 令和5年3月期の売上は、前期より5%伸び411億円でした。 今年3月期は売上450億円、経常利益は5億円程度になりそうです。 法的な保護と規制の中で営業せざるを得ない公設市場に比べますと民設民営の地方市場は、規模の面では公設市場に劣るが自由度は高い。地方市場としての優位性を活かせば必ず経営はうまくいくと思ってきました。 しかし、バブル期は伸びましたが、その後、20年近くどうやっても伸びませんでした。 売上げは、増やせるうちは増やしたいのですが、だからといって赤字になっても集荷するような仕事は社員も楽しくないでしょう。やって楽しい仕事をしようと取り組んだのがアメーバ経営の導入です。

アメーバ経営〜全員参加経営

― 熊本大同青果の取り組みで注目されているのがアメーバ経営です。断片的には今までもお聞きしているのですが、改めて熊本大同青果におけるアメーバ経営とは何かについてご説明ください。

月田= アメーバ経営は、稲盛和夫氏の「盛和塾」で教えて頂いた経営手法で「会社経営は一部の経営トップで行うものではなく、全社員が関わって行うものだ」という考え方です。 会社組織をアメーバと呼ばれる独立した小集団に分け、そのリーダーによる共同経営のような形で会社を経営する方式です。経営者意識を持ったリーダーを社内で育成するとともに、全従業員が経営に参画する「全員参加経営」を目指しています。

― アメーバ方式によって社内はどのように変化したのでしょうか。

月田= アメーバ経営を導入した10年前は200億円を超えた程度でしたから2倍以上に伸びました。売上だけでなく、採算を全員が考えるようになってきました。 出張旅費や接待交際費、タクシー代まで全員が考えて使うようになりました。 管理部門も話し合い、営業が頑張っているのだから自分たちもサポートしようと交代で朝早くからセリの帳付けをするようになりました。そうした全員の意識の変化が今、結実しつつあるのが現状です。

加工野菜・冷凍野菜・通販・自社農園

― そうした取り組みの延長線上に、野菜加工場、冷凍野菜工場、通販事業など新たな事業拡大が続いています。

月田= 現在は5社のホールディングス制をとっています。 今のところ売上、利益ともに大きな貢献はしていませんが、ようやく動き始めたばかりで伸びるのはこれからです。常に今が最低だと私は思っています。

― グループ5社についてご説明ください。

月田= 熊本大同青果を中核にして、野菜加工場のH O S H I K O  Links、冷凍野菜工場の熊本大同フーズの3社があり、それにファイナンス関係の熊本大同リース、及び、これら4社の持ち株会社である熊本大同ホールディングスの5社で形成されています。

自社農園など150ヘクタール経営 

月田= 大同青果として現在、自社農園43ヘクタールの他、冷凍野菜用のホウレンソウを70ヘクタール、特販部が契約野菜など43ヘクタール、合計150ヘクタールで生産しています。 外国の技能修習生が中心で働いてもらっています。辞める方もいますが、彼らの情報ネットワークは広いですから、労働環境をきちんと整備し、継続して働く人材を確保できています。

月田= 農業支援には販売先の拡大が必要です。乾燥野菜工場と冷凍野菜工場を自社で建設できたことで販売先も拡大しています。 野菜の加工は10年以上前からやっていましたが、外部委託でしたので、なかなか採算がとれませんでした。思い切って平成31年(2018年)に自社工場を建て、計画生産ができる体制をとったことで販売拡大に取り組むことができるようになりました。建設費は約10億円、敷地面積3635㎡、施設は鉄骨作り2600㎡です。 「株式会社H O S H I K O  Links」を設立し経営しています。 1日最大6トンの生産が可能ですが、当面は年間1千トンの製造を目標にしています。 乾燥野菜は冷蔵施設が不要で海外市場も狙うことができますので、軌道に乗るまではまだまだこれからですが期待できる分野として取り組みます。

冷凍野菜工場・熊本大同フーズ株式会社

月田= 令和4年(2022年)に冷凍野菜工場を新設しました。 我々は野菜の供給、販売はできますが冷凍野菜工場のノウハウはありません。 冷凍食品大手のノースイからお話があり合弁で熊本大同フーズを設立し市場から数百メートル離れた場所に約1万6500㎡の土地を購入し3300㎡の施設を建設しました。 冷凍食品の原料は、今まで安定供給できる輸入物が多かったのですが、コロナ禍を契機に国内野菜生産が注目され始めましたので、熊本大同青果は生産と販売を、ノースイは品質管理と工場運営を行うことで合意、実現しました。 生産能力は年間2000トン、ホーレンソウ、コマツナ、ミカン、イチゴ等を中心に、国内野菜の輸出にも取り組む計画です。

通販部 とっぺん市場

― 熊本地震やコロナ禍の中で、取り組んできたアメーバ経営が一斉に動き出したようですね。話は伺っていましたが通販もかなり大きな施設でやられています。

月田= 50人以上の女性がオペレーターとして対応しています。一階は出荷センターとなっています。通販の売上は年間10億円です。 通販は多くの市場でも取り組まれていますが、やるのは簡単ですが軌道に乗せることは難しい。うちも2011年の東北地震等を契機に通販にも取り組み、うまくいかなかったのですが、大手通販企業の経験者に来てもらい変わりました。 通販の売上はようやく年間10億円になりました。売り先は、法人はなく全て個人です。 売上、利益ともに大した貢献ではないのですが、通販が支えている部分も大きい。例えばミカンは、通販が下支えしているおかげで本体の集荷の幅が広がっています。商材としてこれほど伸びるとは思っていませんでした。 社内での取引は、売り上げが二重になるので対外的な売上の数字にはなりません。しかし社内の各課から通販部への売り込みなども生まれていて、通販部だけではない社内の取引交渉等が、活性化に大きく役立っています。

2時間半の積み下ろしが20分に

― 最後に、現在、中央市場を中心に物流24年問題の取り組みが行われています。昨年、物流の政策パッケージも出されましたが物流問題の取り組みについて。

月田= 全青協でも検討していますが、政策パッケージに出された課題について田崎市場として場内物流改善推進体制をつくり取り組んでいます。狭い市場ですから場内物流の効率化は不可欠の課題です。 場内物流の効率化に向けた具体的な取り組みとしては、JA阿蘇からの集荷に約200枚のパレットを導入しました。 積載量が減るという消極的な意見もあったのですが、やってみると、今まで2時間半かかっていた積み下ろしが20分位になりました。農協でも今はパレット無しでは考えられないと言っています。 一番の問題はパレットの紛失ですから、特定の出荷先に限定して使用すれば管理もしやすくなります。運送会社と協力しやれることから取り組んでいきたいと思っています。

― ありがとうございました。

取材を終えて

中央市場と地方市場の壁がなくなった改正市場法の下で、大きく伸びた地方市場卸が熊本大同青果とながのR&Cながの連合青果です。 もちろん健全経営を維持している卸売会社は多くありますが、中央市場と地方市場という概念を、法的に壊したのが改正市場法であり実態として壊したのがこの卸2社です。

R&Cが中央市場卸と同じように、長野県内6市場、関東4市場の10市場による広域市場連携のネットワークを広げています。内容は個々の市場卸が経営に責任を持つという民営市場卸に相応しい戦略で伸ばしています。 これに対し、熊本大同青果は青果と水産の卸それぞれ2社が営業する民設民営市場の中の1社です。 市場用地は17万5千平方メートルと民設民営市場では最大級ですが、小売商店もあり、どこから市場でどこから市場外なのか分かないほど狭隘化しており、これまで何度も移転を含めた再整備が問題となりましたが実現していません。

そうした民営地方市場の、卸4社ある中の1社である熊本大同青果は、他市場とのネットワークによる拡大を経営戦略とせず、本体である卸売会社の周辺分野にさまざまな機能を持つ部門、施設を少しずつ拡充することで400億円を超す売上を実現しています。そのリーダーが月田会長です。 大型卸の多くがホールディングスを導入していますが、機能的な相乗効果というホールディングスを実現している卸は多くありません。熊本大同青果の取り組みは地方市場の卸として活性化を図る一つの典型となっています。

月田会長は「バブル期まで伸びたが、その後、20年近くどうやっても伸びなかった」と述べています、この伸びなかった20年間に育てた芽が、アメーバ経営の導入によって今、一斉に萌芽を始めたということでしょうか。

熊本大同青果は、人材確保に苦しむ卸が多いなか、毎年10人を超す新入社員をコンスタントに確保しています。「お金もかけています。多いときは2千万円かけた年もありますが、問題は仕事の中身であることに変わりはありません。労働条件に関わりなく楽しくなければ社員は辞めます。営業に合わない人でも能力を活かすことができるように、グループを増やし売り上げを増やしていきたいと思っています。」

令和4年度は4億円を超す経常利益を上げたが、売上、利益ともに、まだまだ今が経営的な数字は最低だという言葉に気負いは全く感じられません。

市場流通をめぐる社会的環境は明らかに「T」(スレッド・向かい風)ではなく「O」(オポチュニテー・追い風)です。水産を含む第一次産業の重要性は今後も減ることはないでしょう。

平成10年から20年間社長として大同青果発展の基盤を作り、平成30年に実弟の月田潔孝氏が社長就任、兄弟コンビで爆進中である。

通販棟2階50人のオペレーターがいる
乾燥野菜加工場「HOSHIKO」右奥が通販出荷場
冷凍野菜工場