卸売市場流通についての諸問題

市場流通ジャーナリスト浅沼進の記事です

進化する「公設民営型」卸売市場(下)‐公共性と効率性の共存

(全水卸7月号掲載記事を上下に分けて転載する)

以下(上)の続き

Ⅱ. 指定管理者によるPPP・民営化の取り組み〜大阪府中央市場・栃木県南地方市場

こうした経緯によって、「公設公営市場」にPFI、指定管理者、定借権等による民営機能の導入を図る取り組みと「民設民営市場」に防災機能などの公共性を付加する相互乗り入れが進みはじめた。

以下、中央市場として唯一、指定管理者制度を導入し、10年間にわたって使用料収入による黒字経営を続け、毎年、市場活性化事業に5000万円以上を充てている大阪府中央卸売市場と、青果、水産、花き三部門の卸が相次ぎ撤退する中で公設時代の指定管理者が民営化の開設会社となり4年連続の黒字経営を維持している栃木県南地方卸売市場を紹介する。

1.大阪府中央卸売市場〜指定管理者の10年連続黒字経営と再整備の課題

指定管理者「大阪府中央卸売市場管理センター株式会社」(以下:管理センター)によって10年間連続黒字を続けている大阪府中央卸売市場(大阪府茨木市大阪府茨木市宮島1丁目1−1)が新たなステージを迎えている。

大阪府中央卸売市場は、2012年度に導入した指定管理者制度により10年にわたって連続黒字を続けている。効率性と公共性の両立という点で大きな実績をあげている卸売市場である。

しかし現在、開設40年を越す施設の再整備に直面しており、今年から2年をかけて基本計画策定に取り組む。従来通りの指定管理者制度による市場経営が可能なのか、新たな市場経営体となるのか、大型市場における指定管理者制度の役割とあり方をめぐる大きな試金石として注目される。

10年間の健全経営はなぜ維持できたか

大阪府中央卸売市場は指定管理者制度を導入した数十の公設市場のなかで、効率性と公共性の両立という点で、最も大きな実績をあげている卸売市場である。
大阪府中央卸売市場の指定管理者の委託期間は5年ごとに公募し決定する。

  • 第1期 2012〜2016(H 24〜H 28)
  • 第2期 2017〜2021(H 29〜R3)
  • 第3期 2022〜2026(R4〜R8)

2022年3月の「指定管理者評価委員会」(委員長・加藤司大阪商大教授ほか5人)は、管理センターの審査を行い、11の審査項目全てがS(優良)の最高評価となった。
管理センターは資本金1200万円、青果と水産の卸4社(うおいち、大水、大阪北部中央青果、大果大阪青果)と仲卸2組合(大阪府水産物卸協組、大阪府青果卸協組)が各200万円の均等出資である。

水産仲卸組合前理事長であった山口秀雄氏が平成24年の管理センター設立時から代表取締役を続け、市場業界のまとめ役となってきた。市場全体の信認が厚い求心力のある適任者がいたこともスムーズな指定管理者発足の大きな要因であった。役員は全員無報酬である。
指定管理者導入にともない、大阪府の職員は管理部と業務部が廃止され24人から12人体制となった。
管理センターは、実務面の責任者である統括1人と常勤4人、パート2人の7人で業務を行う。担当業務は特定せずフレキシブルに業務を行う。

管理センター 主な収支比較

項目

H24年度(2012)

R2年度(2020)

営業収益

16億1000万円

15億4400万円

売上高割使用料

2億2800万円

2億700万円

面積割使用料

10億1300万円

9億6974万円

維持使用料

3億5900万円

3億5900万円

資材リサイクル収益

1000万円 

865万円

営業費用

16億1000万円

15億4100万円

人件費

4500万円

5000万円

委託料 

4億5500万円

3億9100万円

光熱水道費 

3億6500万円

3億1900万円

 修繕費他 

6400万円

7600万円

 活性化対策費

5800万円

7500万円

納付金

6億2300万円

5億5600万円

経常利益

9100万円

613万円

上記の中の活性化対策費については以下のようになっている。

 

活性化対策費

活性化事業費 

活性化寄付金

平成24年度

5600万円 

5600万円 

―(H 25年度から毎年約3000万円計上)

令和2年度

7500万円

5500万円 

2000万円

 

管理センターの営業収益の大部分は使用料なので、取扱高の減少はそのまま管理センターの収入源となる。指定管理者制度がスタートした平成24年度に比較すると令和2年度は6600万円の収入減となっている。経常利益は減っているが、大阪府への納付金も規定通り納めて健全経営を維持している。

また、特に注目されるのが「活性化対策費」である。初年度より1700万円多い7500万円を支出計上していて、そのうち5500万円は管理センターのイニシアティブで販売促進など市場活性化事業として業界に還元、2000万円を大阪府に寄付金として納付している。
この活性化寄付金は2012年度から2021年度までに5億7500万円を資本的収支(市場全体の資産)として大阪府に寄付されている。

大型中央卸売市場においても指定管理者制度によって市場会計の健全化は十分に可能であることを実証した管理センターの意義は大きい。

しかし、10年を経て大きな課題に直面することになった。それが市場施設の全面再整備である。

2年間、1.4億円かけ基本計画策定

昭和53年の開設以来40年を経て再整備の課題に直面している大阪府中央卸売市場は、令和2年度に「将来のあり方検討調査報告書」をまとめ、令和3年度に調査報告書に基づきサウンディング調査を実施した。

その結果、①大規模改修ではなく建替えによる再整備が効率的であり、②民間事業者の投資意欲が高く、PFIによる再整備手法が有効であることが明らかとなった。
そして再整備の具体化を図る再整備基本計画を策定するため、令和4年度から2年間をかけて場内業者等による検討会を行うことになった。またこの基本計画策定のための2年間の支援業務を公募、「山下PMC・三菱UFJリサーチ&コンサルティング共同企業体」を選定した。

委託額は1億3900万円(令和4年度6800万円、令和5年度7100万円)。
委託内容は以下の通り。

(1)「(仮称)大阪府中央卸売市場再整備検討会議」の企画・運営・合意形成等について

  1. 会議体の企画・運営支援業務等

(2)基本計画素案の作成及び基本計画案の作成

  1. 業務の全体作業工程の検討及び作業進捗管理
  2. 基本計画素案の作成
  3. 基本計画案及びその概要版の作成

大阪府中央卸売市場は市場用地20万㎡、青果、水産の年間取扱高約900億円の大型市場である。
仮移転は難しく、スクラップアンドビルド方式も期間、財政的に困難だろう。余剰地を設定し、PFI方式による再整備になる可能性が高いだろう。
どのようなPFI方式が採用されるかは今後2年間の論議に委ねられるが、どのような方式になるにしろ、デイベロッパーが一定関与することになるだろう。

その場合に管理センターがどうなるか、これまで5年間の期間限定によって審査、業務委託を行ってきたが、市場業界が出資し、業界代表の社長と経営プロの統括が職員のトップとして経営に専念する体制によって安定した市場経営が続けられている。
仮に市場外企業がイニシアティブをとる経営体となった場合に公共性と効率性のバランスが維持できるか、市場外民間企業がどこまで市場活性化にノウハウを発揮できるか、大阪府中央卸売市場は再整備を通して新たな課題に直面することになるだろう。

2.栃木県南地方市場の民営化〜大手流通企業「荒井商事」の市場経営

指定管理者による市場経営の黒字はなぜ実現できたか

公設市場を民営化する場合、最大の問題が民営化の受け皿となる開設会社のあり方である。
公設地方市場の半数近くに導入された指定管理者の多くは、市場業界団体が共同して出資した民間企業である。そして指定管理者としての企業活動は開設自治体から委託を受けた施設の管理業務に留まっているケースが多い。

ところが栃木県南市場の民間開設会社荒井商事(本社;神奈川県平塚市)は、積極的な市場施設の使用面積拡大に取り組むことで4期連続の黒字経営に成功している。

栃木県南市場は栃木市、小山市など5市町によって開設され、平成23年度に指定管理者を導入、年商1千億円を超す総合商社「荒井グループ」であり市場内の関連業者であった食品卸「荒井商事」が公募によって選定された。そして平成29年(2017年)10月の民営化によって、荒井商事が民営市場の開設会社として選定された。

卸や市場団体ではなく市場内の関連企業が単独で指定管理者や民間市場の開設者に選定されることは全国的にも稀なケースであったが、結果的にはこの荒井商事が民営市場の開設会社となった平成29年10月〜平成30年9月の第1期から第4期まで連続で黒字経営を続ける成功事例となった。

コロナ禍においても健全経営を維持している特徴は以下の通りである。

健全経営を維持している特徴

① 青果、水産、花きの三部門体制を維持していること。
卸売会社の第4期取扱高は、青果15.5億(99.8%)、花き11億(117.2%)、水産1.8億円(ー)であり、卸売会社として経営維持は困難なほどの売り上げである。
青果と花きについては、荒井商事が経営責任を負うことで撤退した卸の社員をそのまま継続して雇用している。

② 開設会社の経営原資は自治体からの一括委託料ではなく使用料方式である。施設は公有のままで補修費は対象によって行政負担と民間負担に分ける。
このため、施設の有効活用による使用面積の拡大を最大の課題として取り組み、施設使用料を民営初年度の1億2百万円から民営第4期には1億2千6百万と増加させている。
卸売場を縮小し、青果仲卸の売り場拡大や花束加工場の設置等で使用面積の拡大を実現している。

③ 使用面積の拡大によって使用料収入等は第1期より2千4百万円の増加となったのに対し、人件費等の経費カットは3百万円である。経営採算を経費カットに依存せず収入増を目指したことで職員のモチベーションは下がらず全員で取り組めている。

④ そうした開設会社職員の活性化に対する取り組みの反映でもあるが、買受人、買出人は第1期の818人から第4期782人(95.6%)とほとんど減っていない。

⑤ 買受人等への販促や地域住民への情報提供などは行政との協力で対応している。
コロナ禍において市場まつりは中止されたが、元気朝市、お盆特別開放、年末特別開放、ご愛顧感謝抽選会など引き続き行われ、地域住民の支持を得ている。

栃木県南市場の教訓〜PPPの成功事例

以上が健全経営を維持している主要な取り組みである。
新井商事は年商1千億円規模のオートオークションと食品卸が中心である。市場の管理運営業務だけの企業ではないことが、結果的には民営化後の市場経営にプラスになっていることは明らかである。

荒井商事は、民営化の受け皿となる開設会社としての業務を行いつつ、新たな卸売業者の誘致を実現し、また撤退した部門の卸売会社とは、従業員を含めた経営を引き受けながら業務面は協力を受けることで卸売会社の経営を維持している。

民営市場は卸売会社の中に管理と営業の二つの部門を置いているが、栃木県南市場は何十社と営業している民間企業の集合体である。
荒井商事は「栃木県南市場」という大きな経営体の中に、開設者の経営責任と卸売業務の営業を分離しつつ健全経営を維持している。これは公設市場のPPPとして新しいレベルの「公設民営型卸売市場」ではないだろうか。

敷地面積111,843平方メートル、施設面積27,890平方メートルを公有のまま使用料収入を原資とした経営を民間に委ねる方式もまた「公設市場の民営化」の一つの方式でありPPPとしての公共性と効率性の共存を図る取り組みである。

Ⅲ.まとめ

市場会計は資本的収支と収益的収支に分かれており、資本的収支は行政が担い、収益的収支は行政負担分(原則は営業経費の30%以内)と利用者負担にすることが地方公営企業法の考え方である。

資本的収支と収益的収支を合わせて「市場経営の赤字」とする考え方は、地方公営企業法の考え方ではなく、むしろ市場の健全経営、社会的責務を担う公共性と効率性によるサスティナブル経営を阻害する考え方となるだろう。
そのことを実証するケースが大阪府中央卸売市場と栃木県南卸売市場における指定管理者の取り組みである。

1千億円規模の大阪府中央卸売市場と数十億円規模の栃木県南地方卸売市場では全く違うが、業界が主体となった指定管理者である大阪府中央卸売市場も、民間企業1社が公設市場指定管理者から民営市場の開設会社となった栃木県南地方市場も、共に業界責任と行政責任の棲み分けと協力関係が成功の要となっている。

2022年5月には外食産業の「SANKO MARKETING FOODS」が豊洲市場卸「綜合食品」の全株を取得した。こうした市場外企業の卸売市場参入は今後も続き、公設市場における取引と市場運営、両面での効率性と公共性の共存はさらに進むだろう。