種苗法改正案の見送り理由について
黒川東京検事長の賭けマージャン問題など騒然とする中で2020年5月20日、突然、自民党森山国対委員長が国会に上程されていた種苗法の今国会成立の見送りを発表した。
種苗法については、いろいろな批判が出ている中で、江藤農水大臣は今国会での審議を求めると5月19日まで述べていたが、5月20日になって自民党が見送りを発表している。
森山氏は「「日本の農家をしっかり守る法律だが、どうも逆に伝わっている」と述べ、成立には時間が必要だとの認識を示したという(5月20日毎日新聞)。
延期が発表された前日の19日に、江藤農林水産大臣は「農家の権利を守る制度で一刻の猶予もない」と述べ、予定どおり今の国会での審議を求める考えを示した。
また、農家の負担が増えるという意見に対し「許諾が必要なのは登録品種のみで、例えばコメの品種の84%、みかんの品種の98%は制限のない一般品種だ。法改正により、農家の負担が増えたり、生産が制限されたりすることは想定されない」
「不要不急の法案だという批判もあるが、権利を守る制度は、一刻の猶予もない。海外への流出に歯止めをかけないと、農家の努力や利益は守れないので、国会で審議をしていただきたい」と述べた(5月19日NHKニュース)。
種苗法改正案はどのようなものか
国会での提案理由、見送り理由について検討する前に、まず種苗法改正案はどのようなものか、農水省の資料から簡単に内容を見てみよう。
農水省が発表した「種苗法の一部を改正する法律案の概要」によると、「我が国の優良品種が海外に流出し、我が国の農林水産業の発展に支障が生じる事態が生じている」という問題意識を前提にした次のような改訂案である。一部要約・省略した。
種苗法の一部を改正する法律案の概要
1 育成者権者の意思に応じて海外流出防止等ができるようにするための措置
(1)育成者権が及ばない範囲の特例の創設
(海外での育成者権を保護するため、品種の種苗等が譲渡された後でも許可なく海外に持ち出した場合は10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金の対象になる)
(2)自家増殖の見直し
農業者が登録品種の収穫物の一部を次期収穫物の生産のために当該登録品種の種苗として用いる自家増殖は、育成種権者の許諾に基づき行うこととする。(一度買った種苗を来年も使うことは禁止、毎年買うか、許諾のお金を払うことになる。)
(3)質の高い品種登録審査を実施するための措置
審査内容の充実のため出願者から審査の実費相当額を徴収するとともに、出願料及び登録料水準を引き下げる。(現在、遺伝子組換えの種苗を多く販売している海外種苗メーカー等も含め民間企業が登録しやすくなる。登録された品種の特性が一致する部分があれば許可なく使うと違反)
2 育成者権を活用しやすくするための措置
(登録品種の特性表を作成して侵害された品種の特性と比較しやすいようにし、裁判での証拠等に活用しやすくする)
3 その他 (手続き等 省略)
種子法廃止から種苗法改正、一貫した規制緩和路線
以上、種苗法改正案は、「育成者権」を保護するための法律である。「優良品種の海外流出を防止するため」が法目的であるが、そのためになぜ国内の農業者は、今まで許されていた自家増殖ができなくなるのか。
その根元にある考え方が、2018年4月に廃止された「主要農作物種子法」(種子法)である。
この種子法は、戦後の食料安定供給のために都道府県が、野菜以外の米・麦・大豆を対象に奨励品種の選定・生産に責任を持つことを決めた法律であり、農業試験所を中心にお米の優良品種を開発・ブランド化を成功させた要因だが、この種子法が「民間の参入を妨げる規制」であり「時代の役割を終えた」として廃止された。郵政民営化と同じ理由付けである。
小泉・竹中ラインで主導された規制改革の一環で、主導した小泉進次郎自民党農林部会長の功績である。小泉氏は単なるポエム大臣ではない、自民党の規制改革推進を主導する中心的存在である。
「農家の生産が制限されることはない」だろうか?
こうした経緯と、今回法案見送りに際して述べた江藤農水大臣の発言、「許諾が必要なのは登録品種だけで登録品種は少ないから農家の生産が制限されることはない」「海外流出に歯止めをかけないと農家の努力や利益は守れない」の発言は、種苗法改正案でどのように関連しているのだろうか。
まず、外国に持ち出された場合に国内法で海外での栽培を防ぐ手立ては難しい、改正案は海外流出の防止にはあまり実効性はなく、国内農家の自家増殖禁止の方がはるかに大きい役割を果たすだろう。海外で品種登録をすることが最も実効性のある海外流出防止策である。
また江藤大臣は「海外流出に歯止めをかけないと農家の努力や利益は守れない」と述べているが、この「農家」とは「育成者権者」である。上記の改正案を読んで、育成者権者を国内農家と解釈するのは苦しいだろう。いいか悪いかの評価は別にしても、育成者権者は改正案で推進される登録品種を持つ海外を含めた企業が主体となることは明らかである。
さらに最大の問題は、国内農家の生産が制限されることはない根拠が「登録品種は少ない」という点である。
各都道府県農業試験所など行政が責任を持ってきた種子法が廃止された理由は、上記に述べた「民業圧迫」「時代の役割を終えた」であり、つまり民間企業参入へのレールが敷かれたのである。
このレールに沿って機関車の役割を果たすのが今回の改正案である。事実、改正案には登録品種拡大に向けた施策が具体化されている。「登録品種が少ないから農家は制限されない」は「登録品種が増えれば農家の生産は制限される」と同義語である。
グローバル化と国内農業保護のバランス
改正案の目的は、施行によって国内農家の生産が制限されることになっても、グローバル時代にふさわしく世界的な種苗会社から毎年種苗を買い入れ、大規模生産によって効率的な農業生産体制を図り農業の市場主義経済へ移行しようという目的であり、壮大な「農業競争力強化」のための支援である。
このこと自体は農業活性化に向けた方策として賛否あるだろうと思う。しかし少なくとも国内農家の不安に十分に応え、論議し、二者択一ではなくグローバル化と国内農業生産者保護のバランスをとった政策が求められるのではないだろうか。
それは弱者への保護ではなく、島国の狭い国土を活用し農業立国として維持発展させてきた日本が食の自立を目指すべき道ではないだろうか。