(「全水卸」2023(令和5)年7月号より転載・一部修正)
改正市場法による規制緩和によって、卸売市場施設もまた変わりつつある。
令和5年に入り、姫路新中央市場が1月に移転開場したのをはじめ、富山市場青果部、京都市場塩干棟が相次ぎ施設整備を終え開業した。
これら3市場に共通する特徴は卸売場と仲卸売場の機能の変化である。
これまで卸売場、仲卸売場、配送施設と、それぞれが独立したエリアとして配置されていたが、新市場はいずれも入荷から出荷に至る物流動線として卸売場、仲卸売場を位置付けている。
特に京都市場塩干棟の売場は、搬入口〜卸売場〜仲卸店舗〜仲卸売場〜ピッキング場〜搬出口と連動し、施設内動線の効率性が際立っている。
また、10年間にわたる使用料の激変緩和など開設者の協力を得て、店舗配置や売場の広さなど、抽選ではなく全て組合理事長の提案を柱に組合としてまとめ決定している。
全国でも数少ない再整備の先進的な取り組み事例となった。
Ⅰ.売場の変化を可能にした改正市場法
旧市場法による売場整備補助率の違い
旧市場法は「卸売場」の整備補助率を他の施設より高く4割補助としていた。
このため、卸売場は「卸し売り」以外の保管や配送、ピッキング等の使用は認められず、違反すると補助率の差額を返還しなければならなかった。
取引が終わると卸売場には「せり残品」しかないことが原則であった。
この「原則」が、はるか前に有名無実となっていたことは周知のとおりである。
旧市場法時代の対応
例えば、卸2社が統合し1社となった場合、使用料負担もあって卸売場の活用は大きな課題であった。
使用料軽減のために卸売場の半分を開設者に返還するといっても、他に使い途はない。
結局、改正前は、多くの市場で大手仲卸が取引の終わった商品をそのまま卸売場に置き、配送時に搬出するケースが多くなった。
特に量販店対応を行なっている仲卸が多い青果部でこの傾向が強かった。
このため、福島市場は卸売場にラインを引いて仲卸の使用を認め、札幌市場は卸売場の一部を「仲卸売場」として貸し出し、通路などに積まれていた違反をなくした。
また豊洲市場青果部では、搬出口に近い仲卸売場を店舗ではなくビニールカーテンで仕切っただけの保管場所として使用することを認めた。
改正法の影響
改正市場法は、取扱高に応じた施設規模の基準、卸売場中心の補助率を廃止し、取引の規制緩和、機能強化の方針を打ち出した。
このことによって、卸売場は卸し売りをするための一時保管場所ではなくなった。サプライチェーンの入り口として温度管理され、売り先別のピッキング等に活用されるようになったのである。
また仲卸も独自の加工・配送施設を持つことができ、買参人の減少で仲卸数が減少した卸売市場では、卸売場と仲卸売場を仕切らず、店舗を小さくし、店舗前の卸売場にラインを引いただけのエリアを仲卸売場とすることも可能になった(成田新市場)。
姫路新市場のジレンマ
3月に新設開場した姫路新市場も、基本的にはこうしたスタンスで仲卸の物流動線を優先した売場配置とした。
青果仲卸の多くは店舗としての内装はせず、ラインを引いた部分に荷物を置き、店舗から売場、ピッキング、搬出が一連の流れとして作業できるようになっている。
しかし、仲卸優先の売場作りで大きな課題が残った。
姫路市場は、卸に匹敵する仲卸数社がある。この大手仲卸が場内にスペースを確保できず、仲卸店舗は持っているものの、主な業務は場外に確保した施設で行わざるを得ない結果となったのである。
仲卸の直荷は改正法で緩和された。大手仲卸も場内に施設を確保し直荷も含めて作業することで市場活性化に貢献しようと取り組んだが、物理的な障害によって実現できなかったのである。
この原因の一つが、「卸の売上高=市場規模」に基づく施設整備計画となっていることであり、大手仲卸個社の希望に沿った施設確保ができなくなったのである。
Ⅱ.京都市場塩干棟‐組合主導による売場配置と冷蔵庫
1 塩干組合の衰退と再生
改正市場法による影響で、最も懸念されていたことが卸と仲卸の経営維持、いわゆる「サスティナブル経営」である。
3月に完成した京都市場塩干棟を取材し、驚いたことが二つある。
一つは1.5億円をかけた見学者コースであり、もう一つは塩干組合主導による売場配置と冷蔵庫建設である。
市場の異世界空間〜見学者通路
見学者コースは市場人なら誰もが驚く異世界空間である。しかし「費用対効果」という言葉が浮かぶ。
市財政の破綻危機に直面している自治体とはどこのことかと嫌味を言いたくなるが、設計ではなく発注者のセンスと決断は素晴らしい。他都市の開設者は見学した方が良いと思う。お金はともかく発想は参考になるだろう。
売場配置の一つの到達点
見学者通路よりも学んだことが塩干棟の売場である。
搬入から搬出までの動線が、搬入口〜卸売場〜仲卸店舗〜仲卸売場〜ピッキング場〜搬出口と効率よく配置されている。
仲卸店舗と仲卸売場の違いは何か、実際に見るまでは理解できなかったが、見終わった感想は、市場の規模、立地によるが市場再整備の売場配置として、一つの典型になるだろうということであった。
組合事業と仲卸経営
もう一つは21社の仲卸組合が総工費15.5億をかけ新しく建設した冷蔵庫である。
これまで京都市から冷蔵庫を借り受けて運営してきた経験を生かし、最初から冷蔵庫業務に精通している人材を配置、早くも7割が埋まり、主力商材チリメンの繁忙期を前に満小間が確実となっている。
塩干組合21社による現在の売上は52億円、出資金63万円、組合事業費3億円である。
冷蔵庫事業を拡大することで、塩干組合が一つの経営体として健全経営を維持できる土台を構築した。店舗数の減少が組合運営上、プラスとなったのである。
「事業協同組合」の存立意義が薄らぎつつある中で、改正市場法後の仲卸組合のあり方として、これもまた市場流通の一つの到達点だろうと思う。
2 店舗数減少と売場配置
塩干棟の売場配置は次の通りである。
仲卸が11店舗減少したことで、卸売場を囲むように三方に仲卸店舗を配置し、その前に「仲卸売場」そして搬出口に面したスペースはピッキングエリアとして作業できるようにした。
売上の4割以上占める塩干水産品
京都といえば、ちりめん、棒ダラ、魚卵など塩干品の消費が多いことで知られている。京都市場令和2年の年報による年間取扱高は、生鮮水産物210億円に対し加工水産物は90億円であり4割以上を占めている。
塩干仲卸は11店舗減少
仲卸は、生鮮水産物を中心とした京都全魚類卸協同組合(勝村一夫 理事長)48社と加工水産物を中心に扱う京都塩干魚卸協同組合(辻󠄀泰三 理事長)21社である。
鮮魚と塩干の取り扱い比率は6対4だが、仲卸店舗数、売場面積の比率は7対3である。1店舗の広さは22㎡。仲卸売場は27区画(1区画27㎡)である。
仲卸売場には冷蔵庫など置いても良く、買出し人はこの売場で買うことになる。ピッキング場は物を置くことはできずパッケージ等の作業もできない。
塩干組合は、この店舗数が少なく取り扱いが大きい塩干仲卸の特徴を活かし、組合主導による店舗配置を行った。
1店舗の面積を小さくすることで使用料負担の軽減を図り、店舗の前に並ぶ27区画は取り扱いに応じ各仲卸が要望を出し、仲卸店舗と売場の配置は全て理事長提案で決めた。
また、これまで6人であった理事を11人に拡大、過半数を理事にすることで意思決定の速さと大手を含む組合員の合意形成を容易にした。
これらは中央市場だけでなく公設市場として前例のない方式だろう。
3 事業協同組合の新しい役割
協同組合方式が誕生したのは戦後、資金力のない中小企業が協同組合によって全員平等に経営をやりやすくすることが目的であった。
利潤追求が目的ではないため時代に合わないという意見も出ているが、今も重要な役割を果たしている。
店舗数激減を活用した塩干組合の活性化
京の食文化を支え続け、錦小売市場の母体となった京都塩干魚卸協同組合は、昭和30年代に100社以上あった。ピーク時に比べると8割減である。
5年間にわたった鮮魚棟工事中、仮設店舗に移り営業せざるを得ず、その結果が32社のうち11社の減少となったのである。
組合員の減少に加え、新しい店舗ができても使用料は上がる。誰もが塩干組合は衰退するのではないかと思うだろう。
ところが塩干組合は、店舗数の減少を利用し、組合主導による合理的な売場配置を実現し、さらに15.5億円をかけた組合冷蔵庫を組合事業として実現したのである。
冷蔵庫を新設し組合事業の柱に
衰退が続くと懸念されていた塩干組合の評価が一変している。
組合主導による独自の売場配置とともに総工費15.5億をかけ冷蔵庫を組合事業として建設したのである。組合員数は減ったとはいえ、組合員売上52億、事業費3億円は、事業協同組合として十分な経営体である。
冷蔵庫は国の助成を受け京都市の協力を得て建設された。
建坪1400㎡の3階建で、1階はチリメン主体でマイナス8度、2階、3階はマイナス25度。室数は48室、35室が部屋貸しである。
魚卵関係など鮮魚仲卸の利用も多い。5月はチリメンなど主力商材が少ない時期だが、8割が入れば満庫となる状況ですでに7割が入っている。
部屋貸しではあるが壁はなく、網目のフェンスで仕切られているため、フロア全体を二基の冷凍機で冷やすことができる。
京都市場は卸売会社の冷蔵庫はなく、仲卸組合の冷蔵庫のみである。
周辺にも冷蔵庫はなく、立地的に需要は増えるだろうが冷蔵庫を建設する余地は少ない。
組合主導による仲卸売場や冷蔵庫などによって新たな雇用創出の効果もある。
塩干組合は組合事業と仲卸への営業支援を徹底することで仲卸組合の意義と必要性を改めて認識させる機会となっている。
Ⅲ. 取材を終えて〜再整備についての考察
今回の取材で、最も印象に残ったことは再整備における行政と業界の協力・信頼の重要性である。
施設は使う人の意見で決める
こんな当たり前の施設整備ができるようになったのは、改正市場法によって機能優先が施設補助の要件とされてからである。
それまでは、開設自治体がコンサル企業に対し基本構想、基本計画を委託し、受託したコンサル企業が市場業者のヒアリングを行い、まとめた案を業界に提示し検討する方式となっていた。
業界に対するヒアリングは、再整備のあり方を聞くのではなく、行政案に対する業界の要望を聞くのであり、そこから使用料など業界の条件交渉となるのが常であった。
改正市場法以前は、それが正しいやり方であった。
開設者の役割変化〜「取引も施設も行政責任」転換
旧市場法の原則は規制である。
規制の代償として行政責任による施設整備を行い、施設使用料を設定し業界に提示、激変緩和等の措置を織り込みながら業界の取引・運営を管理監督する。それが「開設者」であり、市場運営に責任を持つ立場であった。
公設卸売市場は電気やガス、水道と同じく国民が受益者である住民サービスとしての「公営事業」である。
しかし卸売市場は、新たな住民サービス、新たな社会インフラ整備ではなく、既存の民営市場を統合し公設とした「公営事業」である。
電気や水道のように国民に対する直接的な住民サービスではなく「民間企業が多数営業する公共施設」であり、目的は「国民への食料安定供給」を図るための社会政策であった。
機能強化は市場業者が決める〜公設公営時代の終焉
電気やガス、水道と違い、卸売市場は今も全国で200近い公設の「公営事業」として運営されている。
それが、改正市場法によって「開設者」の役割が変わったのである。市場業者の取引指導・管理ではなく「市場経営」となった。
その「市場経営」とは「ハコモノ」を作り使用料を徴収することではない。
市場業者が機能強化による効率的な仕事ができるツールが「ハコモノ」である。
その「ハコモノ」は市場業者でなく行政が作るものだが、機能強化を図る「ハコモノ」のあり方は業界が決め、行政は財政を主とした後方支援を行うことが改正市場法時代の立ち位置である。
再整備における業界と自治体の関わり方
そうした面で、今、自治体と業界の関わり方で大きな問題になっているのが機能強化と余剰地である。公設市場の再整備において市場用地の3〜4割を縮小し、そこを余剰地として民間による再開発に委ねようという考え方が広がっている。
公設市場の多くは、場所、広さ、道路など立地条件が良く、特に大型商業施設と配送施設には最適である。
商業施設では、郊外の広大なショッピングセンターが撤退するケースが続出し、より有利な立地を求め、郊外から都心部にシフトしつつある。そうした業界にとって食品の集積場所に接して商業施設ができる数万㎡の土地が更地で提供されるのである。垂涎の場所だろう。
運送業界にとっても24年問題はじめ大規模な物流団地だけでは解決できない課題を抱えている。「卸売市場」を物流の中継基地に使えるなら、これも絶好である。
小売と運送は、いずれも業態として卸売市場と機能的に重なるのである。
一方、公設卸売市場は昭和の高度経済成長期に多くが開設され、計画上の取扱目標に見合う規模になっている。つまり最初から実績以上に広い土地が国の政策によって全国に数百か所、確保されたのである。
全国的に今、市場機能を縮小した「余剰地」を賑わいエリアや物流エリアとして活用する計画が進んでいる。この方針は、上記に述べた小売業界や運送業界にとってのメリットだけでなく、開設自治体にとってもメリットは大きい。
市場整備の財政負担軽減だけでなく新たな税収が見込めるのである。
機能強化と余剰地のバランス
問題は改正市場法によって機能強化を義務つけられている卸売市場とのバランスである。余剰地の活用計画の多くは市場機能とは無縁の計画が多いが、それも富山のようにやむを得ない場合もあるだろう。
しかし、開設自治体にとって、中途半端に市場再整備と余剰地開発のバランスを欠くようなことになると、短期的な市場会計改善には役立つが市場機能の強化・活性化には貢献せず、長期的には負の遺産となる禍根を残すリスクもまた大きくなるだろう。
横浜南部市場の教訓
大規模な「余剰地」設定のきっかけとなったのが横浜南部市場である。
余剰地につくった商業施設は成功しているが、横浜魚類、横浜丸中青果が営業している卸売市場との相乗効果は全くない。余剰地が市場機能に貢献するということも全くない。
市場を削り余剰地を生み出した効果は、横浜本場にある卸2社が、それぞれの経営努力と責任で物流機能の強化を図り機能強化に貢献していることである。市場の視点から言えば、商業施設のある5万㎡があれば、市場機能はもっと強化されただろう。すでに物流エリアは手狭になっている。
富山市場の4万㎡の「余剰地」が生み出されたのは、市場を縮小しなければ公設市場の存続が危ぶまれたからである。企業のリストラと同じ縮小経営による最後の市場生き残り策としての貢献である。
市場の機能強化と関係はなく、市場の単なる縮小であるが、このこと自体は開設自治体の選択であり良いも悪いもない。
開設自治体の選択
これらのことは何を意味するのか。
「市場機能の強化のための余剰地設定」は難しいが、奈良のように行政主体で市場と賑わいを都市づくりの拠点とする計画は可能であるし、あるいは開設自治体の財政負担軽減を図るため、どうしても市場用地の縮小を図らなければならないこともあるだろう。
その際は、まず市場関連企業が活用できる余剰地を含めて検討すべきである。
新潟市場が開設時に、市場外の周辺に「市場関連用地」を用意したように、開設自治体の負担軽減を図る最良の方策は、業界と自治体の負担能力に見合った「市場本体」部分の見極めと、余剰地において市場関連業務に参入できる民間企業の誘致など「民・民」連携を図ることである。
その一つの案として「賑わい」機能はある。
市場を縮小しPPP・PFIによる民間ディベロッパーへの権利譲渡によって自治体負担軽減を図る策は、富山のような限られたケースでない限り市場衰退を加速させる可能性も強い。
仮に市場を縮小することで市場業者が衰退したとしても、スムーズに市場業者が廃業・撤退するならば、それも一つの解決策ではあるが、経営が悪化すれば長期的な経営改善に取り組む。行政支援も必要になるだろう。
そうした事態になった時の自治体負担、地域インフラとしての損失はさらに増すのではないだろうか。
京都市場塩干棟整備に学ぶ
京都市場塩干棟の売場のあり方は、建設の専門家であるディベロッパーの発想からは出てこないものであり、また開設者の理解と協力・支援がなければ難しい方針でもあった。
再整備は従来、開設自治体によって基本構想、基本計画、基本設計、実施設計をそれぞれ2年かけ着工するパターンが多かったが、改正市場法は合理化計画の農水大臣認定を再整備助成の要件としている。
合理化計画の前提となる機能強化施設は、基本構想、基本計画が土台となる。この部分での検討を十分にしないと、基本設計に入ってからの設計修正や基本計画の見直しなど時間も経費も大きなロスとなる。
行政とコンサルによる提案をたたき台とし、業界と行政の方針が一致しないまま基本計画が出され紛糾しているケースもいくつか出ている。
再整備を検討している市場開設者、業界ともに、京都市場塩干棟の取り組みを学ぶべきだろうと思う。