卸売市場流通についての諸問題

市場流通ジャーナリスト浅沼進の記事です

史上最大のサバ読み

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山形県の新庄駅に飾られていた

先日、国立劇場で吉右衛門の歌舞伎を見た。吉右衛門の体調が悪く、先月、休演というニュースを聞いたので心配していたが、元気に立ち回りをやっていて安心した。

時々、文楽や歌舞伎に行くが同じ時期に同じ演目をやるケースが多い。

歌舞伎と文楽が同じ演目で記憶に残っているのが「曽根崎心中」である。
よく知られているように、これは遊女お初と番頭徳兵衛の心中物である。
たまたま出張で大阪駅近くのホテルを探していて「お初天神通り」があるのを見て、飲み屋街を通って行ったことがある。

記憶にあるのは、人間国宝の坂田藤十郎が当たり役、お初をやり、息子の扇雀が徳兵衛をやった歌舞伎と、人形浄瑠璃の文楽を続けて観たときである。

藤十郎は、その当時でも70歳は超えていただろうに「わたしゃ18」と口説き、その相手の息子扇雀がやる徳兵衛で22か23歳の設定である。思わず笑いそうになった。
なんという大胆な年齢のサバ読みだろうと呆れたが、踊りの名手である藤十郎の道行きの美しさは格別である。

60代の頃の杉村春子が代表作「欲望という名の電車」で、下着姿で少年を誘惑し精神が壊れていく落魄の女性を演じたときの色っぽさと同じくらいに驚いた。
男も女も、役者とはなんと図々しいものだろう。

それに対し、文楽の曽根崎心中は最後が道行ではなく、徳兵衛がお初を突き刺し、観客席に背を向けて刺されたお初が、ガクッと客席に向けて首折れ鮮血がたらたらと流れる。人形でなければできない迫真の緊張感である。

藤十郎の時は客席の楽しそうなため息が多く、文楽では「ハッ」と息を呑み、涙を啜る音が広がる。人形のほうがはるかにリアルである。不思議なものだ。