市場流通ジャーナリスト浅沼進の記事です

時代を見る目〜森は海の恋人

ウニを食べた

ウニを食べた。美味しかった。しかし、子供の頃、海岸でウニを石で割って食べた時と、どちらが美味いか分からなかった。

(食流機構機関紙2025年7月号より転載)

畠山重篤氏、雁屋哲氏のこと

畠山重篤氏が4月に亡くなられた。
畠山氏は「森は海の恋人」の言葉と共に、気仙沼のカキ養殖を成功させ、川の水は綺麗でなければ漁業は成り立たないと、三陸地域の山林で植樹活動を行い、多くの著作や講演によって自然を守る啓蒙活動に取り組み、京都大学のフィールド科学教育センター社会連携教授にもなっている。

雁屋哲「美味しんぼ」にも畠山氏は登場するが、畠山重篤氏、雁屋哲氏は私が昔、勤務していた業界紙のO記者やY記者が可愛がられ、築地市場内にあった新聞社にも時折、訪ねて来られた。カキ養殖場に畠山氏を取材に行き、広告をもらい、カキは嫌いだと食べずに酒をご馳走になった先輩Y記者も今は亡い。

成ケ沢宏之進氏のこと

当時の業界紙には名物記者が多く、成ケ沢宏之進氏もお世話になった一人である。背筋を伸ばし秋葉原駅の昔の階段をスタスタ上がる、名前も立ち居振る舞いも古武士のような方だった。
彼の「毎朝4時に起き机に向かう」という言葉に、若かった私はひどく感心した覚えがあるが、私自身が同じ歳になると「書くために起きたのではなく、目が覚めてしまうからではないのか」と思ってしまう。歳月が人をつくるのではない。凡人は凡人のまま歳を重ねるのである。

私は「美味しんぼ」のような、いわゆる「蘊蓄モノ」は苦手である。食べる喜びは美味しいと思うだけで良い。好き嫌いはあるし、育つ家庭の環境もある。
母子家庭の男4人兄弟だったので私の食は質より量である。自分で弁当を作ったが、ご飯にマルハの魚肉ソーセージが大好物で、朝、時間がないと生のまま持って行き、齧りながらご飯を食べた。美味しいなと思いながら食べていた時に級友から生のままで美味しいか、というようなことを、おそらく悪気なく言われたのだろうが、今も覚えているのはそれだけショックが大きかったのだろうと思う。
それだけに「美味しんぼ」に出てくる北大路魯山人がモデルの海原雄山は馴染めず全ては読めなかった。

魯山人の時代を見る目

魯山人は料理の素材にこだわり、包丁にこだわる料理人であり、その料理を盛る食器を自分でつくり、今も美術館に残るほどの陶芸家である。
「食べる場」も重要だと料理店「美食倶楽部」をつくり経済界のステータスにまで発展させ、最後は経営破綻した。その破天荒な人生は凡人の好き嫌いを遥かに超えている。
『魯山人の食卓』には、彼の言葉として「(女性が)寿司通仲間に侵入し、羽振りを利かす時代になってしまった。昔ならほとんど見られなかった風景である」と嘆きつつ「この調子では今にトマトの寿司、コンビーフの寿司、サンドイッチの寿司、トンカツの寿司」が現れるだろうと書かれている。(角川春樹事務所、2004、14頁)

女性が寿司通になったと嘆くだけなら、単なるセクハラ親父である。しかし、魯山人が予言した変わり寿司タネは、今、回転寿司に普通にある。
一つの分野を極めると時代の流れが見えるのだろうか。食の世界が混沌としている今、残念ながら私には全く時代が見えてこない。

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