卸売市場流通についての諸問題

市場流通ジャーナリスト浅沼進の記事です

改正市場法と市場施設整備のあり方−サウンディング型市場と物流効率化が焦点に(上)

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(上下2回に分けて全国水産卸協会の会報「全水卸」2020年11月号に掲載された記事を掲載する)

2020年6月21日に改正卸売市場法が施行され、卸売市場の再整備についても新しい動きが始まった。

農水省の金澤正尚 卸売市場室長は9月に行った講演の中で中央卸売市場の再整備について「( 40都市 64中央市場のうち ) 平成8年以降に移転・大規模に増改築を行った中央卸売市場は19市場、大規模な増 改築を行わずに、長期間 ( 約40年程度 ) 経過している中央卸売市場は27市場」あり、この27市場のうち「移転新設・現在地再整備が具体化されているのは、大阪南港(食肉)、姫路市、和歌山市、高松市の4市場」のみであると述べている。再整備が必要な中央市場は、なお23市場が具体化されていないのである。

さらに約1,000ある地方市場で再整備を必要とする市場は数えきれないほどだろう。
施設整備が遅れている原因は財政負担だけではない。卸売市場法の改正を待って施設整備を検討する卸売 市場が多かったことも大きな要因の一つであった。
改正卸売市場法は、施設整備の補助要件として「老朽化施設の建て替え」ではなく「改正卸売市場法に沿った新しい機能創出」を求めている。

卸売市場法改正後における市場施設整備の方向性を改めて検証する。

1.なぜ施設整備は遅れたのか−改正法制定から施行までの2年間、業務規程策定が中心に

改正卸売市場法は市場開設や市場業者について、従来の許認可制度から認定制に移行し、取引と施設整備 を中心に全体を19条にまとめている。

改正卸売市場法は「売買取引の条件・方法・結果の公表、差別的取り扱いの禁止、受託拒否の禁止 ( 中央 市場のみ )」を共通ルールとして義務付け「卸の第三者販売の禁止、仲卸の直荷引きの禁止、商物一致の原則」については共通ルールに反しない範囲で開設自治体が独自に規定できることになった。

こうした市場取引ルールを定める業務規程(条例)を備えることが卸売市場として認定を受ける要件であり、従来あった国の業務規程サンプルも独自性を損なうとして出されず、開設自治体の独自策定が義務付けられたことから、卸売市場法の改正(2018年6月)から施行(2020年6月)までの2年間、各開設 自治体は業界調整を行いながら業務規程の策定に取り組んできた。

旧市場法による施設整備の考え方

はじめに旧卸売市場法による市場施設の考え方を検証する。旧卸売市場法は「商物一致・全量上場」が原則であった。

卸売会社はすべての商品を市場に集荷し、卸売場で全量をセリ・入札・相対で取り引きし分荷する。すなわち集荷・評価・分荷が卸売市場の三大機能であっ た。

国は中央卸売市場の開設にあたって、野菜や魚を1kg扱うために必要な広さを単位にして、取扱計画で出された将来的な取扱目標を掛けた数字を卸売場の必要面積とした。
野菜は魚より単価が低いので、取扱目標額が同じであれば、野菜の卸売場は魚の卸売場よりも広くなる。

多くの卸売市場で青果物部が水産物部よりも広い卸売場となっているのはこのためである。
あくまで全ての 商品が卸売場に並ぶことが前提であった。
しかもこの取扱高は開業前の目標値であり、多くの開設自治体はなるべく広い卸売場を確保するために、計画の取扱目標は開設時の取り扱い実績よりもできる限り大きい数値としている。

それでも大正12年の中央市場法以降に開設された中央市場は、札幌や仙台、築地、名古屋本場、京都、大阪本場など都心部に開設されたこともあって計画を大きく上回る規模となった。

昭和46年の卸売市場法に基づく整備計画で開設された中央市場はピークで91中央市場まで増えた。し かし平成不況時代に入り、市場間競争の激化や統廃合が進んだことで取扱高、市場数ともに大きく減少した。
元々の取り扱い計画が大きかったこと、取り扱いが減少したこと、卸の統廃合が進み、卸2社制から単一 卸となる市場が増えたことなどで、開設者の市場会計や市場業者の経営を圧迫する大きな要因となってきた。

PFIと指定管理者の問題点

こうした卸売市場流通の現状と自治体の財政危機、さらに国の規制緩和の方針もあって「市場会計の健全 化」が大きな課題となってきたのである。

そこで生まれたのが民間活力導入である。

すべての公共施設は原則として PFI( パーソナル ファイナンス イニシアティブ ) や指定管理者制度の導入などの取り組みが求められるようになった。

図書館や公会堂、公立病院等における指定管理者導入が相次ぎ、公設卸売市場においても地方自治体が開設する公設地方卸売市場で指定管理者導入が相次いだ。(中央市場は大阪府のみ)

しかし、公設卸売市場は他の公共施設と違い消費者が直接の対象ではない。民間企業が経済行為を行う民 間企業コンソーシアム(集合体)である。

公設市場の目的は「食料の安定供給」という公共性である。

その公共性を維持するために様々な取引規制 を行うとともに、一般会計繰り入れ等の財政支援を法的に制度化したのである。

その保護と規制が「規制緩和と効率性」になった。

しかし、民間活力のツールとして導入された PFI や指定管理者制度は充分に機能できなかった。

その原因は、民間企業として PFI 事業者や指定管理者になるメリットがあまりなく、あくまで行政に委託された業務の代行であり、営利企業として自由な経済活動を行うには制約が多すぎたことである。

これまで多くの市場で再整備が行われてきたが、PFI が実施されたのは唯一、神戸本場だけで他の卸売 市場は6千億円をかけた豊洲市場を含めてどこも実施できていない。

PFIが実現しなかった一例として、関東のある公設市場がある。

この市場は、移転新設することを決め移 転先の用地も目処がついたが現在地の売却が想定通りいかず、事業費の約10%の不足が見込まれた。

このため PFI 事業者の負担で公募し、説明会には大手も複数参加したが結局手を上げる企業はなかった。

ある大手ゼネコンの担当者は「わずか10億〜20億円の投資を回収するのに30年以上かかる事業は考えられ ない」と辞退した理由を述べていた。

つまり「損をしない」だけの経済行為は民間企業として魅力がないと いうことである。 また、指定管理者制度も「(公共施設の中で営業する)民間企業を管理・運営する民間企業」という複雑な立場で市場外業者が利益をあげる見通しは難しく、全国30市場以上に指定管理者が導入されているが、その多くは市場業者かその団体である。

2.民間企業が利益を出せる公設市場開設者とは何か−市場機能と市場外機能の共存

PFI 事業者や指定管理者が民間企業として効率性を目指すためにはどうすれば良いか、利益を目指すことができる経済環境整備が市場流通の課題としてクローズアップされたのである。

「損をしない開設者」から利益目指せる経営体に

開設自治体の代行機関としてではなく、民間企業としてどのように公設卸売市場のハードを活用して利益を上げることができるか。
公設卸売市場の開設会社として機能する指定管理者のなかで「損をしない」経営ではなく独自の経営努力で一定の成果を上げることができた例として、中央卸売市場で唯一、指定管理者を導入した大阪府中央卸売 市場のケースがある。

今までも紹介しているので詳細は省略するが、大阪府中央市場は管理運営会社が行政 の委託を受けて施設の建築や運営を行うなど経営体としての利益を上げている。
しかし広がらなかった。

市場用地の縮小・活用で整備費に充当

次に出たのが、市場用地を何分の一か縮小し、その部分を民間に売却することで市場整備に充てる「コンパクト市場化」である。
しかし、これも再整備費の負担軽減には貢献するが再整備後の運営費と市場活性化 にはあまり貢献しない。

そこで新たに出た考え方が「取扱目標」ではなく「取扱実績」に基づく市場規模とし、残りの部分を「余剰地」として活用する考え方である。
すでに述べたように、公設卸売市場の多くは、開設時の取扱計画にしたがって将来、取扱高が増えることを前提に施設を計画した。
そのことが結果的に現在の「余剰地」を生み出したのである。

新しい考え方は、この「余剰地」を民間に売却し整備費に充当するのではなく「卸売市場」としては余剰だが「食品流通」のサプライチェーン構築の場として活用できる「市場法適用外」の余剰地として活用しようという考え方である。

実際にそうした方向が可能となったのが、一つは改正卸売市場法の取引規制緩和であり、近年出てきた「サウンディング型市場調査」事業である。
「ハード面」の卸売市場活用に道を拓くことが新たな PFI 事業の方針であり、市場機能と市場外機能の共 存を目指す「サウンディング型市場調査」事業である。

(下)に続く