卸売市場流通についての諸問題

市場流通ジャーナリスト浅沼進の記事です

私の好きな美術館−その8棟方志功記念館、上原美術館ほか

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伊豆の山々から風を受ける「風と少女」(上原美術館の庭の彫像)

わだばゴッホになる

言葉の達人、井上ひさしは故郷東北の言葉をとりわけ大事にしたが、いわゆる東北弁で最も有名な言葉は棟方志功の「わだば ゴッホになる」だろう。

しかし今、志功を「日本のゴッホ」と呼ぶ人はいない。志功の願いを遥かに超え「世界の棟方志功」となった。

海外の評価は画家の評価基準とは別だが、日本人画家としては藤田嗣治や佐伯祐三、棟方志功が知られており、とりわけ志功は別格だろう。

志功自ら私費を投じて建設した美術館

棟方志功記念館は本人が私費を投じて建設した美術館で、場所は当然に志功が愛して止まない青森である。

青森といえばマグロとリンゴをはじめ、ねぶた、酸ヶ湯温泉、浅虫温泉、奥入瀬渓流、十和田湖、三内丸山遺跡と盛り沢山の魅力がある。一応、全てを回った。

「ねぶた」は一度しか見ていない、長崎の精霊船と似ているがもっと激しい。

志功が跳人(はねと)で踊っているフィルムもある。青森市で行われた業界の会議を取材したが、懇親会は卸の幹部が舞台で太鼓を叩き、仲居さんたちも入って「ラッセラーラッセラー」の大合唱で御膳が並ぶ座敷を踊りまくる。

床が抜けそうで、他の客から苦情が来ないのだろうか、毎年あんなことをやっていたら旅館は持たないだろうと心配したのは私一人のようだった。

鎌倉山にもあった志功板画館

湘南モノレール「西鎌倉駅」は、高級住宅地として知られる鎌倉山と片瀬山の間を走る道路に面しており、私はその間の、鎌倉山と片瀬山を見上げる一番低い場所のマンションに住んでいる。

高級住宅地には関心がないので出歩かなかったが、最近の自粛でウロウロ散歩するようになって徘徊している途中に「棟方志功板画館」のプレートを見つけた。

そこは志功が晩年に過ごしたアトリエで、そのまま記念館になり、平成24年に青森の記念館に統合された。建物とプレートはそのまま今も残っている。鎌倉山は鶯の集団生息地なのだろうか、6月に入ってもまだそこら中で鳴いている。

環境はいいが坂だらけで住むには大変だと思う。芸能人の邸宅近くにも空き地や空き住宅が目につく

志功板画と温泉を楽しむ椿旅館

志功は「版画」ではなく「板画」と言っている。飾らない人柄はよく知られていて、国際的な名声を得ても全く変わらない言動は何回もドキュメンタリーで放映されている。

極度の近視で、板木に覆いかぶさるようにして猛スピードで彫る姿は有名だが、代表作の釈迦10大弟子は下絵も描かず一週間で彫り上げたと伝えられている。その10大弟子がズラリと並ぶ志功記念館は異様なほどの迫力である。

青森に行くと忙しい。酸ヶ湯温泉から奥入瀬渓流を登って十和田湖に行くルートと、新幹線駅の近くにある三内丸山遺跡から市内に戻り棟方志功記念館、浅虫温泉に行くルートがある。

浅虫温泉が良い。椿旅館は志功が長期滞在し仕事場にしていたそうで、日帰り温泉もやっているので行くと、ロビーはじめ浴場までの通路に無造作に志功作品が並んでいた。

上原美術館

上原美術館は大正製薬を発展させ参院議員にもなった上原正吉が、下田の山に建てた美術館だが、現在の美術館の魅力ほとんどは、子息の上原昭二が充実させたコレクションである。交通の便は悪い。小高い丘の上に建ち「仏教館」と「近代館」がある。

「仏教館」は正面に上原夫妻が愛犬を連れた像があり、収蔵展示は上原正吉が気に入っていたのだろうと思われる近代仏師の作品中心で、仏教美術に関心がある人間には物足りないだろうと思った。(展示作品はその後改善されている)

しかし、その物足りなさを補って余りある魅力を持つのが「近代館」である。ほとんどの来館者のお目当てはこちらだろう。

西洋絵画と日本絵画を三つの部屋に分け展示作品は少なく見やすい。座る場所もたっぷりある。名高い作品も多いが、一つ一つが有名かどうかよりもおそらく上原正二のセンスで収集したのだろう、感じの良い作品が並ぶ。

時代やジャンルに拘らず、自分の趣味で集めた作品を公開しているだけ、見たい方はどうぞ、という思いに溢れた美術館である。

その思いは作品だけでなく鑑賞しやすい室内と休憩室(無料の珈琲・紅茶がある、こんな美術館は他にないだろう)、休憩室からガラス越しの庭に出ると、背後に連なる伊豆の山々から運ばれる風を受けた彫像「風と少女」(山本正道)がある。

自然と一体化した「美の空間」を形成している。

東京の私立美術館で圧倒する「根津美術館」

最後に東京の私立美術館である。

福岡に行くたび楽しみだった久留米市の「ブリジストン美術館」は、鳩山邦夫が亡くなって石橋家との関わりが薄くなったためだろうか、2016年に東京八重洲の「ブリジストン美術館」に移管された。

私が好きだったのは久留米のブリジストン美術館で青木繁の「海の幸」や「自画像」、坂本繁二郎の「放牧三馬」などを見ながら、広い展示室を独り占めだったことを思い出す。今は「久留米市美術館」として運営されている。広い庭も美しい。久留米絣(くるめがすり)の名刺入れを買った。

八重洲のブリジストン美術館は2015年から改修工事に入り、2020年1月「アーティゾン美術館として予約制でオープンした。改修前は何回か行ったが新しくなってからは行っていない。

東京駅はJ R東日本の「東京駅ステーションギャラリー」を挟んで八重洲にブリジストン美術館、丸の内にイベントスペース「三菱一号館美術館」がある他、企業主体で開館されている東京の美術館は、新宿や池袋、各デパートなどビルの一部を切り取ったような美術館がたくさんある。

その中で最高の存在は、東武鉄道社長だった初代根津嘉一郎が開館した南青山の「根津美術館」である。国宝七点、重要文化財87点など総計7400点と私立美術館としては圧倒的な規模と作品を誇る。

施設、庭園も素晴らしい。庭に出ると木立の風と近くから聞こえる車の音が不思議に思えるほどの異空間に身を置くことができる東京都心のオアシスである。