開設自治体の条例で対極をなすのが京都と東京である。別表を見るだけで明らかだろう。
各々の業務規程は、改正市場法後の卸売市場のあり方、とりわけ行政が責任を持つ公設市場の開設者としてどうあるべきかという点で対極をなしており、「開設者の市場経営と業者の取引」にどう取り組むか、改正市場法の成否を計る試金石となるだろう。
京都と東京の違いを見ながら、主に京都市場の業務規程について検証する。
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京都市場業務規程 |
東京都市場業務規程 |
卸の第三者販売 仲卸の直荷 |
卸と仲卸の明確な役割分担を維持し、今後も市場機能が適切に発揮できるよう第三者販売は原則禁止。ただし、市場の活性化に資する場合は例外規定で集荷・販売力強化を図る。 |
第三者販売は知事に事後報告。但し、せり・入札の場合は、仲卸、 売買以外に卸売禁止。仲卸の直荷は知事に事後報告。 |
商物一致原則 |
物流環境の厳しさからを競争力強化や食材の鮮度保持向上に取り組めるよう当該規定廃止。 |
卸は、市場外にある物品の卸売をした時は知事に事後報告。 |
卸の自己買受 |
取引の拡大を図るため卸が委託物品等を自ら買い受け、それらを加工して付加価値をつけ販売できるよう変更。 |
廃止 |
業務許可 |
開設者に卸、仲卸の業務許可権限を付与し、指導監督等の実効性を担保することで公正かつ安定的な業務運営を維持する。 |
廃止 市場施設の使用許可とする。卸役員の仲卸役員兼務禁止規定廃止。 |
売買取引の方法 |
適正・公正な価格形成に重要な役割を果たす「せり売」を優先するよう努力義務規定新設。 |
せり若しくは入札又は相対 |
卸・仲卸の小売制限 |
小売業者との無秩序な競合を防止することで円滑な流通秩序を維持し市民への安定供給を確保するため制限を維持する。 |
廃止 |
1.京都と東京の違い
昭和2年に中央市場として初めて開設された京都市中央卸売市場第一市場(以下:京都市場)は、令和元年9月市議会に業務条例改正案を上程、10月30日に議決され、条例制定でも全国第1号市場となった。
東京都は、令和元年10月28日の取引業務運営協議会に業務規程改正案を答申し、12月都議会に上程・承認された。
東京は、卸と仲卸の業務の許可に関わる条文を全て廃止し、卸、仲卸ともに開設者との施設契約にするという全面的な規制廃止に踏み切った。
東京都の会議でも論議されたが、問題は市場の取引原則である「公正・公開・効率」をいかに維持しつつ市場活性化を実現できるかである。
2.東京市場の特徴と課題
東京は市場業者の業務について規制を全面的に廃止し、共通ルールと公開性による公共性の担保にした。国が定めた卸売市場法の方向に最もそった条例である。
規制条文を残しても、あるいは廃止しても、それが直接に市場流通の活性化に直結するものではないが、規制を残した市場、廃止した市場それぞれに「残したことによる、廃止したことによる市場活性化」を実証する責任を果たさなければならない。
東京都は、取引業務の規制条文を廃止し、毎月の取引方法ごとの取扱量・金額の公表義務化による「見える化」と、取引委員会の活用によって公共性と効率性の両立を図る。
この東京都の方針に対して次のような意見がある。
施設契約一本化は市場運営の公正・公共性に反するのではないか
業務許可制を廃止し施設契約に一本化することは市場運営の公共性に反するのではないか。
また、その他ルールの扱いについては関係業者との十分な論議が必要となっているのに、東京市場は本当に「十分な論議」が行われたのか、開設区域の廃止で自治体の税金で開設する意義が薄くなった。これは将来的に民営化の方向になるのではないか等の意見も出されている。
従来も公共性と効率性の両立は強調されていたが、規制条文廃止によって本当に公共性と効率性の両立を維持できるのか、施設契約に一本化することは果たして卸にとって有利なのだろうか、市場流通の活性化を目指す方向として実効性があるのだろうか。
そもそも「市場活性化」とは何か、市場取扱高の拡大なのか、市場業者の経営健全化なのか、市場取引参加者の数・売上げの拡大なのか、さらに市場会計の健全化なのか、社会インフラとしての貢献なのか等々、様々な基準からの判断が必要になる。
3.京都市場の特徴
業務規程のあり方の前提となる京都市場における取引の特徴は以下の通りである。
①.卸と仲卸の明確な役割分担で取引が行われている。
イ.せりの比率が高い 野菜全国8.9%、京都13.5
果実全国14.4 京都16.4
水産全国26.2 京都29.4
ロ.第三者販売、直荷引きが少ない。
第三者販売 青果0.9%(全国9.6%) 水産10.4%(全国22.5%)
直荷引き 青果0.5%(全国20.5%) 水産1.9%(全国18.2%)
②.小売店、料飲食店等との結びつきが強い。
京都(近隣都市)野菜20.5%(18.7%) 果実27.2%(13.3%)
鮮魚51.7%(25.0%)
③.産地との太い絆が築かれている。
全国中央市場で唯一京都および滋賀の近郷野菜を専門に扱う競り場と仲卸があり京野菜のブランド化に貢献している。
4.京都市場業務規程の特徴〜市の権限強化とせり優先規定
京都市場業務規程の特徴的な変更は、卸売業務の許可権限を京都市が持つこと、「せり優先」規定を導入することである。
従来の卸売市場法は国の指導監督の下で卸売業務を行うことになっていて、それが多くの規制条文となっていた。その部分を京都市に権限付与する。
中央卸売市場の開設は国の認可であるが、卸売市場の業務については、本来の開設都市である自治体の権限にすることは自然なことかもしれない。
「せり優先」の努力規定は珍しく、おそらく他都市では導入されないだろう。
なぜなら、現行卸売市場法は「せり原則・相対例外」から「せりと相対の並列原則」に改正されているからである。
せり優先の功罪
たしかに改正市場法は「取引方法」についての公開を義務付けているだけで、せりと相対についての優劣は規定されていないが「せり取引を優先するよう努力しなさい」という規定を設けることは異例だろう。
価格形成や効率性において、せり取引の優位性が発揮できる場合があることは明らかになっているが、条例で「せり優先」規定を設けることで現実の取引の場でどのようなプラス面、マイナス面が出るかも注目されてくるだろう。
行政関与の強化
京都市場の業務規程が注目されるのは、ほとんどの取引規制条文を削除した国の卸売市場法との方向性の違いである。
法的な齟齬はないが明らかに方向性は違う。
東京市場でも論議が始まっている市場外の民間主導による「卸売市場活性化」は、場合によっては公設市場開設者の「民営化」などの可能性もあり、三つの総合中央市場を開設している大阪の場合も「大阪府中央卸売市場」が指定管理者を導入し、民間ベースの市場経営が一定の効を奏していることから、大阪市の本場、東部でも指定管理者制度などの「民間活力」導入が論議されている。
これに対し、第三者販売や卸・仲卸の小売規制など、京都市は規制を維持し行政関与を強めている。この方向性からは指定管理者制度などの民営化は見えてこない。
それでは市場会計の健全化と市場活性化はどうするのか。
その答えが市場用地の大幅縮小と立体化市場である。
京都市場は市場用地14万5千㎡の約三分の一、4万㎡を売却し再整備費用に充て2028年度を目途とする再整備事業に取り組んでいる。事業規模は約600億円。
東京豊洲市場は用地を1.7倍に拡張し6000億円をかけて立体化市場を作った。その東京が行政関与を薄め、10分の1の規模で、それも用地の30%以上を売却することで再整備費用を捻出した京都市場は行政関与を強める、この違いの背景も興味深いが、それはまた別のテーマである。
京都方式の活性化とは?
この京都方式で市場活性化はどのように図られるのだろうか、市街地の真ん中に位置した10万㎡の市場では立体化しても限界がある。
立体化施設は豊洲でわかるように広大な用地がないと物流面での機能強化は難しい。立体化された施設がそのまま市場機能の強化とは言えない部分が大きいのである。
その点で京都市場は広域流通拠点機能を果たすことは難しいだろう。京都市が目指す方向もそうではないだろうと思う。
京都駅から二つ目、新しくできたJR「梅小路京都西」駅側にある水産棟跡地に8階建ホテルが建設中であり、その1階、2階がいわゆる「賑わいゾーン」となる。
卸売市場の主要な施設である水産棟の跡なので立地的には市場の中なのだがだが市場機能との関連はない、全くの観光用である。
京都市場はもともと公道と私道が入り乱れていて判然としないのだが、「賑わいゾーン」は市場施設としての国の支援対象ではない。
「市場活性化」ではなく「市場経営」への貢献が主要な目的である。
京都市場は物流面では極めて不利な立地であり、今ですら狭隘化が問題となっているのに大幅に用地を縮小して加工、物流などの市場機能を強化することは難しいだろう。
改正市場法とはまた別の方向を目指す京都市場のあり方は、一つの選択肢として極めて注目される方向である。
5.市場流通の活性化に、より実効性があるのはどちらか
京都、東京ともに公共性と効率性の二兎を追う姿勢に変わりはないのだが、あえて違いをあげると、京都が公共性を主軸にしているのに対し、東京は効率性に主軸を置いている点だろうか。
共通しているのは開設者の責任を最小限にし、実際の業務運営は業界の自主性に委ねるということである。
京都の公共性はあくまで施設整備と運営についての行政責任であって「市場活性化」は業界の自己責任になる。
京都と東京の業務規程は対極をなしており、多くの卸売市場はこの中間に位置する業務規程が多い。しかし、業務規程の違いは、市場活性化の目的に対するアプローチの違いだけであり目指す方向は同じである。
そうした面でも、京都、東京市場の動向は、改正市場法の成否が問われるテストケースとして注目されていくだろう。