改正市場法によって卸売市場はどのように変わるのだろうか。
改正市場法の方針が市場施設面でどのように変化するかを、平成30年10月11日に開場する豊洲市場を通して検証する。(「農産物流通技術2018」より一部改稿)
1.築地市場の特徴と機能
築地市場の開場は昭和10年である。
京都、高知、大阪、横浜、神戸の、築地より先行し開設された中央市場が全て再整備を終えている中で、唯一、昭和10年当時のまま主要施設を使用している希有な卸売市場である。
築地市場は次のような特徴を持っている。
①.商物一致取引が原則であり、入荷から販売まで全てが築地市場内で完結することを前提とした施設である。
②.配送や加工を市場内で行うことは想定されておらず、駐車場は買出人のための配送施設(茶屋)が主である。通勤用、仲卸業者等の駐車場は、継ぎ接ぎで設置されているため、市場内通路にも数百台の市場内業者のトラックが日常的に駐車している。
③.顧客対象は実際に入場する小売買参人の不特定多数の出入りが前提であるため、施設は、どこからも入ることができる低層型・開放型施設であり、取引は卸が卸売場に集荷し、それを仲卸が買って仲卸売場に運び、仲卸店舗から買参人が買って自らの車で帰る商流と物流で設計されている。
2.豊洲市場の特徴と課題
2-1.築地市場と比較した豊洲市場のデメリット
豊洲市場は移転決定までの数十年の経緯のなかで、東京都は①豊洲市場は築地市場の機能をそのまま移転する、②使用料は築地市場と同じにする、の二点を基本方針としている。
つまり、市場機能を主体とした施設ということでは、豊洲市場は新市場ではなく建て替えとして設計されているのである。
そうした築地市場の施設配置の考え方を基本に豊洲市場と比較すると、買出人、仕入れに来て自らの車で持ち帰る顧客にとっては、買い回りが極めて不便になることが容易に指摘されるだろう。
さらに、青果部と水産部の分離、水産部における卸・仲卸機能の分離は、店売りを主体とする仲卸にとっては大きなデメリットである。
青果部、5街区の中央から見ると、地下道を通って行ける7街区の中まで約700㍍、水産仲卸ゾーンの6街区までは約1000㍍ある。
買出人にとっては、一か所に駐車して買い回ることは出来ないし、仲卸にとっても、近年、青果と水産を両方仕入れる業者が増えている。
かつて青果部のみが休市となったとき、水産仲卸売場は全くの売れ不振となり、水産中心と言われていた築地市場の強みは、青果と水産を仕入れることが出来る総合市場機能であることを実証している。
そうした面でも豊洲市場の配置はデメリットが大きい。
2−2.青果部の特徴
築地市場は青果部と水産部が実際上は明確に分離されていないために、面積を単純には比較できないが、築地市場青果部の卸売場と仲卸売場を合計しても2万㎡はない。
5街区の青果ゾーン概要は次の通りである。
用地面積 12万9千㎡
建築面積5万4千㎡
3階建て延べ床面積9万3千㎡
各階の概要は次のとおりである。
①.1階の卸売場は平床閉鎖型。
卸売場は東側13,700㎡。
エレベーター2台。
業界整備で垂直搬送機4台。
立体低温倉庫は1階、3階に約740㎡。
仲卸売場は平床式閉鎖型。
仲卸店舗は144店舗。
店舗販売型の仲卸99店舗(24㎡)
オープンスペース45店舗(30㎡)
ターレ、フォーク置場は東側バース脇など4か所に約680台用設置。
②.2階は卸事務所、商談スペース約3,900㎡。
仲卸事務所は2タイプに分かれる。
店舗販売型99店舗は店舗上部に24㎡。
オープン店舗45店舗は南西に45室、27㎡設置。
他に連絡ブリッジから接続する見学者通路など。
③.3階は大口ピッキング・加工パッケージ・大口荷捌場で約6000㎡。高床式の閉鎖型施設。
2−3.豊洲市場青果部の優位性
①.狭隘化の解消
第一のメリットは築地市場最大の課題であった狭隘化の解消である。
全国のトップ市場である大田市場の市場用地は青果・水産部で約35万㎡だが、青果部の卸、仲卸売場は約7万㎡である。そして青果卸は3社あり、卸売場も3社が使用している。
こうしたことを考えれば、規模の大きさという面での、豊洲市場青果部の優位性は全国的に見ても圧倒的である。
②.物流動線の整備
立体化施設の活用は青果部と水産部共通の課題だが、水産部は卸ゾーンと仲卸ゾーンが2街区に分かれたことで物流も複雑なシステムを要求されている。
これに対し青果部は、3階を加工・パッケージ・荷捌き等のゾーンとし、1階を卸売場〜仲卸〜積み込みスペースと、平面的に流れる構造になっている。
仲卸売場も店舗のないフリースペースが認められたことで物流動線の確保が6街区全体で容易になっている。
こうした仲卸の機能強化は、すでに福岡新青果市場等で実現しているが、仲卸機能の分化、店売り・小売買参人主体の機能と、配送中心の機能が整備されたことで、卸と仲卸の新たな連携機能が強化されることになる。
③.加工・荷捌き機能の整備
これも築地市場の必要不可欠な課題であった加工・パッケージ、荷捌き等のスペースが豊洲市場で初めて実現することである。
既に全国の拠点市場では当然整備されているこうした機能が実現出来ることで、卸や仲卸の経営戦略に大きな貢献を果たすことになるだろう。
④.安全衛生管理の徹底
東京シティ青果は豊洲市場に向けた取り組みの一つとして、国内青果市場として初となる食品安
全マネジメントシステムの国際規格「FSSC22000」及び国内規格「JFS-C」を築地市場において取得している。
HACCP義務化は青果流通業には当面、適用されないのだが、豊洲での輸出入戦略や、取引先の拡大に向けた安全面の信頼確保に向けた取り組みとして、この機能は豊洲市場における大きなメリットの一つとなるだろう。
2−4.水産部における特徴と課題
豊洲市場の今後を左右するのは青果だけではない。
水産部の活性化も重要な課題である。
簡単に6街区水産仲卸ゾーンと7街区水産卸ゾーンについて触れておく。
水産部施設概要
『6街区』水産仲卸売場棟
1階:仲卸売場、積込場、荷捌スペース
2階:仲卸店舗上部(棚)
3階:事務所、関連飲食店舗、見学者通路
4階:買出人積込場、関連物販店舗
5階:屋外機置場
PH階:屋上緑化広場
『7街区』水産卸売場棟(5階建て)
1階:卸売場、荷置場、荷捌スペース
2階:卸売場(ウニ)、事務所、見学者通路
3階:卸売場(塩干、加工)、荷捌、加工
4階:転配送センター
5階:卸事務所
PH階:場外離着陸場(臨時)
大阪本場や京都市場など立体化市場に向けた施設整備はある程度進んでいるが、豊洲市場水産部における本格的な立体型施設の活用は初めてである。
水産部は青果部と違い、6街区と7街区それぞれが立体化され、さらに二つの街区を合わせて「水産卸売場」として設計されている。
つまり、搬入されるトラックは、原則として全て7街区、卸売ゾーンに入り、下ろされ、そこから6街区、仲卸ゾーンに運ばれ、販売され、6街区から市場外に搬出される物流動線が想定されている。
しかし、現実の市場機能は明らかに違う。
6街区、7街区それぞれ、独自の搬入・搬出がなされるだろう。
さらに、6街区、7街区ともに立体化されているため、その動線も複雑となる。
例えば、産地から7街区に入る際は4階の転転送ゾーンと一階の生鮮売り場、3階の塩干加工品売り場にトラックがそれぞれ入る。
どこから入るかはトラックによって違うため事前には分からない。
産地と輸送業者が卸売会社の担当者と相談して決めることになるが、そのデータを事前に把握し、トラックが入場する際に、電光掲示板で車両ナンバーを読み取り、そのトラックに駐車、待機ゾーンが指定される。
そうした車両共同管理システムが、どれだけ早く機能するか、大きな課題となっている。
3.改正市場法との関わり方
3-1.共通ルールとその他ルールの規定
改正市場法は、全ての開設者に共通ルールの規定を求めるとともに、その他ルールとして商物分離取引と第三者販売、直荷について開設自治体の条例に委ねることにしている。
共通ルールについては既存の中央市場は問題ないだろうが、その他ルールである商物分離取引と第三者販売、直荷について、どう規定されるか、豊洲市場のめざす将来方向にとっても大きな影響を与えることは明らかである。
ただし、築地市場から豊洲に移転することによって、集荷から販売まで、取引全てを自らの市場内で完結するビジネスモデルから、広域集散拠点として機能転換をめざす豊洲市場にとって、改正市場法の方向は追い風である。
活性化のための物理的な条件は整っている。
3−2.その他ルールの合意
取引ルールを定める業務規程は開設自治体によって市場ごとに策定される。
東京都は、すでに築地市場において業務規程作成の検討会設立の準備を始めており、豊洲移転後に業界との間で準備を進めることになるだろう。
その際、豊洲市場における取引ルールは築地とは違うことが卸、仲卸に共通の問題意識となっている。
第三者販売、直荷、商物分離がいいか悪いかの論議ではなく、実質的に大田市場に匹敵する卸売市場として売上拡大を図ることが至上命題であり、卸、仲卸共通の目標である。
そうした意味で、豊洲市場における取引ルールは、条文一つ一つの取捨選択ではなく、卸と仲卸が、お互いに相手の権利を認めることで相乗効果をはかる、豊洲ルールともいうべき話し合いに進むだろう。
4.結論 豊洲市場は何を目指すのか
4-1.「豊洲市場の成功」とは何を意味するのか
豊洲市場と同じく、紛糾しつつ平成元年に開場した大田市場は、現在、青果物流通における基幹市場として、年々、売上、シェアともに上がっており、「水産の築地、青果の大田」と称されている。
また、業者数では卸1社が撤退し、仲卸数は大幅に減り残った仲卸は大型化している。
これに対し、大田市場水産部は卸、仲卸ともに長年、低迷を続けている。
しかし、大田市場を失敗とは誰も言わない。
大田市場の辿ったパターンは、豊洲市場でも同じように表れるのだろうか。
つまり、豊洲市場は水産部だけが大きく伸び、青果部は低迷するというパターンである。
このパターンになるという見方も実際にあるだろう。
豊洲市場の成功とは何だろうか。
4-2.豊洲市場で求められる機能
豊洲市場の求められる役割が広域集散市場であることは明らかである。
東京都の方針である「築地市場の食文化をそのまま豊洲でも活かす」ことも当然である。
築地市場業者、とりわけ仲卸業者にとっては最も優位性を発揮できる機能であり、国内最高クラスの料理飲食店に提供する最高グレードの品質を売ることが築地市場の特徴であった。
そして、このグレードを求めて、スーパー・量販店が集まり商圏は広域化してきたのだが、配送手段としての物流スペースは限られている。
物流スペースさえあれば、が築地市場業者の共通の思いであった。
その思いが豊洲市場で実現する。
豊洲市場青果部は、卸1社で用地13万㎡、建築面積5万4000㎡、3階建て延べ床面積9万3千㎡の施設が用意されている。
実質的には大田市場を上回るステージが豊洲市場の業者の前に提供されているのである。
売上増の可能性は明らかに高くなっているのだが、それは同時にコスト増も意味している。
売上増は可能性、コスト増は確定である。
このバランスが崩れると経営は維持できない。
豊洲市場の求められる役割が広域集散市場であり、それ以外に豊洲市場活性化への途はないことは明らかである。
そのためのハードは与えられている。
後はその舞台にふさわしい大きな動きが出来るかどうかである。
4-3.市場流通における豊洲市場の意義
それでは、豊洲市場が広域集散市場として活性化するための課題とは何だろうか
①.意識の切り換え
業務用中心か量販中心の取引をめざすか、豊洲市場は築地市場で培った業務用高品質の品揃えと配送主体の広域集散機能、二兎を追う課題に直面している。
そして、その「二兎を追う」は広域集散機能を主体にして業務用の高品質需要に対応することを意味している。
築地と同じ取引スタイルを中心にしたまま、コストに見合う売上の拡大をはかることは難しいだろう。
②.卸と仲卸の連携 1社制の優位性
豊洲市場青果部は卸1社、仲卸144店舗でスタートする。
水産卸は、長い間、統合再編の必要性が言われながら、結局、卸7社,仲卸800店舗である。
市場卸が健全経営を維持できるかどうかは、規模の大小だけで判断できるものではないが、水産部の卸7社体制が今後も続く可能性は低いとの見方が強い。
これに対し青果部は、すでに2002年、豊洲市場に向けた営業力強化のために東京中央青果と築地青果の統合を果たし1社体制を構築している。
それから16年、開場予定は大幅に遅れたが、その間、常に豊洲市場での営業を念頭に置いた営業戦略を、卸、仲卸共に積み重ねてきた。
その卸1社と仲卸の共通した営業戦略が、豊洲市場における最大のメリットとなるだろう。
③.安全安心機能の優位性
市場開設にあたって、豊洲市場ほど安全安心が問題になった市場はない。全国の食品を扱う流通施設で、豊洲市場ほど安全安心にコストをかけた市場はないだろう。
食品の安全安心は、製造業だけでなく食品流通のサプライチェーン全体の課題となっている。
そうしたなかで、東京シティ青果が青果市場で全国初となる国際安全規格を取得したこともまた、豊洲市場の大きな特徴である。
④.輸出入の拡大
豊洲市場の安全安心に対する取り組みは、国内取引でのHACCP義務化の動きにも対応するだけでなく、輸出振興への取り組みとしても注目されている。
食品流通の安全安心は、卸売市場としての社会的使命であり、風評被害の払拭や従業員の意識改革を図ることでHACCP義務化に対応出来るようになり、東京シティ青果としての輸出事業推進にも貢献する。
青果棟3階の加工・配送センターは、HACCP対応の仕様となっており、今回の国際規格取得は今後の安全安心な食品流通を築く第一歩である。
⑤.情報、物流(配送・加工機能)の創出
東京の中心部に40.7㌶の広大な生鮮食料品の流通拠点が整備されたことで、改正市場法施行後の食品流通の大きな拠点となることは間違いないだろう。
地方市場との連携や異業種との連携、都市部への搬入と地方への搬出の物流拠点など、商物分離取引が進めば進むほど、ハード面の重要性は高まる。
また、こうしたサプライチェーンマネジメントを効果的に運営するためには、1次加工、2次加工、パッケージ、ピッキング等の施設、ロジスティクス機能の構築も必要になるが、6000億円をかけた施設は、効率性優先の民間資本ではなしえない投資額である。
4-4.豊洲市場の失敗はありえない
民間企業の効率性からいえば、6000億円の投資に見合う採算性が豊洲市場にあるのか、という疑問が出るだろう。
その経済効率性の観点から言えば豊洲市場が経営体としての採算性を実現することは難しい。
その意味では、豊洲市場は必ず失敗するということも出来る。
しかし、40㌶以上の土地に6000億円をかけた施設で、都心部の真ん中というと変な表現だが、これだけの場所、施設に対して、物流、加工、仕入れ等の食品業界の需要がないことは考えられない。
施設が使われないで寂れるという事態はありえないだろう。
市場業者全てが栄えることはあり得ないし、卸は栄えて仲卸はなくなることもあり得ない。
誰もが成功し、誰もが失敗しうる。
あり得るのは、誰が成功し誰が失敗するかのメンバー交代であり、その交代要員は市場内だけでなく市場外にいくらでもいる。
そうした意味で、豊洲市場業者の失敗はあり得ても豊洲市場の失敗はあり得ないのである。
市場会計の採算性でいえば、行政責任と業界責任の棲み分けとして、開設のための初期コスト(資本的収支)は行政責任、ランニングコスト(収益的収支)は業界責任として考えられるだろう。
民間ではとうてい考えられない投資による豊洲市場開設によって一応の行政責任は果たされている。
業界責任はどうなるのだろうか。
改正市場法は、今後の市場施設の整備について物流、情報、品質・衛生管理、輸出入対応の4つの機能を中心にした整備の課題をあげている。
改正市場法の施行は2年後だが、施設整備の方針となる食品等の流通の合理化及び取引の適正化に関する法律(適正化法)は10月22日に発効する。
今までみてきた豊洲市場の特徴、課題から明らかなように、豊洲市場施設は、改正市場法がめざすハード面の機能を全て整えている。
いわば改正市場法の下におけるサプライチェーンマネジメントのビジネスモデルである。
立体化施設の運用や、水産部との買い回り、場内物流動線、ITによる車両共同管理システムなどが最初からスムーズにいくことはないだろう。
しかし、それは「うまく行くか行かないか」ではなく、「いつ、うまく行くか」の問題である。
神田から移転した大田市場は5年ほど低迷した後に伸び始めた。
豊洲市場にはそれだけの時間的余裕はない。
より短期間で活性化の軌道に乗らなければならない。
豊洲市場は、開場時がゼロからのスタートである。
後はプラス点をどれだけ積み重ねていくことが出来るかである。
平成の初めに大田市場がスタートし、平成の時代から新しい時代に移る最後の年に豊洲市場が開場する。卸売市場新時代の幕開けである。